第69話 お嬢様の恋文を
『煌蔣殿下へ
本日は、急な訪問にも拘わらず、お会いさせていただき、ありがとうございました。
この度、母と妹の供養のため、近いうちに領地へ向かうことになりました。
わけあって、しばらくの間、都へは帰ってきませんのでお知らせします。
父に殿下との婚姻の話をしました。父は、私が望むならと言ってくれています。
ただ、私にも昔からの夢があり、その夢への道が開かれることになりました。
殿下とのことも考えたうえで、私は、まず、自身の夢を追いかけたいと思います。
お許しいただけますか?
それでもなお、私を妻にと望んでくださるなら、私は全力で殿下をお支えすることを誓います。
それでは、お元気で…… 桜妃 』
私は最後の手紙をしたためた。桜の透かしが入っている紙に、想いを込めて書いてみたが、この手の手紙を書いたことがなかったので、私はこれでいいのかと悩み始めた。
……なんだか、連絡事項だけ書いてあるような手紙ね。愛だの恋だのと書くべきなのかしら? 私、そんな手紙を書いたことももらったこともないから、どうしたらいいのか、わからないわ。
ふぅっとため息をつきながら、文面を何度も読み直す。普通に連絡事項しかかけていないのだが、これ以上は思いつかなかった。
封をして、煌蔣の名を書く。机には3通の手紙が置いてあり、それぞれの元へ届くように手配を進めることにした。
皇太子へ直接届けることはできないので、父に預けることにした。冬嵐には、私が屋敷を出発してから渡してほしいので、屋敷の者に託すことにする。残る煌蔣への手紙は、どうしようかと悩んでいると、「私がお屋敷へ届けてきます」と連珠が預かってくれた。
早急に領地へ向かうための準備で忙しくなっているのに、申し訳なく思っていると、にっこりと笑う連珠。
「どうしたの?」
「お嬢様の恋文をこんな風に運ぶことが、私の夢のひとつだったのです。本当に、お嬢様にはやきもきさせられましたけど、やっと、やっとですね!」
「連珠!」
「ふふっ、怒っても怖くありませんよ。だって、お嬢様、嬉しそうに頬が緩んでいますもの」
そういって、机の上にある煌蔣への手紙を持っていく。どこからともなく出てきた桜の意匠がされた文箱へ大切にしまっていた。
……文箱まで作っていたなんて。本当に私の恋文を楽しみにしていたのね。内容は、全然、恋文らしいものではないのだけど、連珠の足取りを見れば、その浮かれた気持ちもわかるわ。
私は連珠が部屋から出ていくのを見送り、机に残った手紙を持って父の執務室へ再び向かうことにした。皇太子への返事は早い方がいいと父は言っていたので、明日にでも報告するはずだ。その時に渡してもらえばいいだろう。冬嵐への手紙は、冬嵐がいつ屋敷に来るかわからないので、屋敷の者に渡してもらうよう頼むことにした。




