第66話 苦労すると思うような道に進もうだなんて思わない
「皇太子には、科挙の件のお礼ね。科挙試験の女性の受験を可能にしてくれて、ありがとうございました。殿下の期待に沿えるよう、全力で取り組みます。と、しばらく、亡くなった母と妹の供養のために領地へ向かうことにします……、ご心配なく。こんな感じかな?」
私は、一番初めに、皇太子宛の手紙を書いた。私が願い続けていた夢が実現するのだから、その機会をくれた皇太子に私からもお礼は言いたい。父からも、陛下や皇太子への報告はするとは聞いていたが、私の今の気持ちも一緒に感謝を込めて認める。
私の成績で、今後の受験数や女性官吏の普及が決まるのだから、重要な役割であることはわかっているので、皇太子の期待に応えたい。そのために、勉強をしてきたわけではなくても、私の想いを汲んでくれたのだから、返せるものは返していきたいのだ。「その恩なら、入内してくれたらいい」と言われそうな気がするけど、それとこれとは違う。
私以外の道を切り開くという意味でも、今回の科挙は特別なものになるだろう。公表される前には、領地へ向かう予定である旨を書いておく。
科挙を受けたい女性がこの国に何人いるのかなんてわからないが、今回は貴族令嬢が条件となっている。私のために決まったようなものではあるが、お触れには、大きな枠組みで書かれるはずだ。それを見たご令嬢たちが、科挙を受けることは、まずないだろう。
「お嬢様は、科挙を受けるのに、どうして領地へ向かわれるのですか? 都で勉強をした方が、時間も効率的に使えますし、学ぶ師もたくさんいるように感じます」
「そうよね。そうなのよ。でも、お触れが出たら、たぶん、都は騒がしくなるわ。ただでさえ、官吏は人気の仕事ですもの。何年も受けている人もいるくらいなんだから。そんな人たちの中には、女ができるはずもないと言って騒ぎ立てたり、受験の邪魔が入るように感じるのよね」
「だから、領地へ引っ込んでしまうってことなのですね?」
「そうよ! 科挙の状元は、冬嵐で決まりだろうけど、私だって上位を狙わないといけないの。邪魔はされたくない」
なるほどとうなずく連珠は、テキパキと荷造りをしていく。街へ仕事をしに行くときに着るような服ばかりを選んで準備してくれているあたり、さすがにわかっている。遊びに行くわけではないので、それでいいのだ。
「お嬢様の生きる道は、なかなか厳しいものを選ぶのですね……。私なら、もう少し楽な生き方をと思います」
「それが普通の考えでしょ? 楽に生きられるなら、それに越したことはないわ。私も母や妹、領地のことがなければ、苦労すると思うような道に進もうなんて思わないもの」
筆をおいて、封をする。宛名を書いたあと、次の手紙を書くために、筆に墨を漬けた。




