第64話 期待に応えないといけない
「本当にいいんだね?」
「はい、もちろんです! 私の未来は私が決めます」
それ以上、父は何も言わず、ただ私のことを見つめるだけであった。
後宮から帰ってきたばかりなのに、バタバタと過ぎていく一日に、疲れた表情をしている父を見ていると、申し訳ない気持ちになった。
「お父様?」
「まだ、何かあるのか?」
「そんなに嫌な顔をしないでください。馬車の中で言っていた領地へ向かう話ですけど……」
「あぁ、言っていたね。いつ出発するつもりだい?」
「近いうちに行ってきます。しばらくは、あちらで、勉強をしようと思います。科挙を受けることになれば、お父様に迷惑をかけてしまう可能性が高いので」
「迷惑なんて、かけられるだけかけてくれていいんだよ。聞き分けのいい桜妃はらしくない」
父は空笑いをしながらも、親としてできる限りはしたいと言ってくれたが、私は首を横に振った。父も言っていたが、『太傅の娘』、『芳家の令嬢』という色眼鏡は、免れないことはわかっている。それなら、きちんと、勉強をしたうえで、正々堂々と科挙を終えたいと願うのは、私の気持ちの問題だ。
「お母様たちの墓参りもありますし、身の回りのことは、だいたい自分でできるので、連珠だけを連れてまいります」
「わかった。帰りは、どうする?」
「帰りは、そうですね。科挙の少し前に帰ってきます」
「冬嵐には言わないで行くつもりか?」
「はい、そのつもりです。冬嵐に領地行きを言えば、また、いろいろと言われそうですし」
冬嵐のこともよく知っている父も苦笑いをしていた。今は、お互い科挙に向けて学ぶときだ。お互いの邪魔をするのではなく、それぞれの目指さなければいけない理由があるのだ。
私が目指すのは、皇太子の期待に応え科挙合格者の中でも上位。10番以内には入らなければ、この案を取り入れるよう説得してくれた皇太子の面目が丸つぶれになるだろう。冬嵐は、親の期待もさることながら、都でも噂になっているのだから、さらに上……状元を取らないといけない。
……期待に応えないといけないって、肩の荷がぐっと重くなった感じ。これを冬嵐はずっとのしかかっていたのね。科挙を受ける年になって、さらに重くなったでしょう。
冬嵐の普段の様子を思えば、重圧なんて欠片も感じない。いつも扇子を仰いで、余裕で笑っている。なんでもできる幼馴染のすごいところを考えれば考えるほど、私は、尊敬するしかない。
私は、今後の話をして、父の部屋から出た。慌ただしく過ぎていった今日は、もう、夕方であった。後宮から帰ってきて、煌蔣の元へ駆けていき、科挙を受けられることになった。身も心も忙しかったが、私は目の前が明るく、暗闇すら光り輝く道が見えるようだ。
心は軽く、やっと見つけた心の半分を持つ煌蔣に想いを馳せた。




