第58話 もしかしなくても
「これは?」
簪を手に取りながら、私に尋ねる父に、裏側を見るように促す。そこに書いてある『蔣』の文字を見て、私へと視線を向けてきた。戸惑いと驚きが両方見て取れる父に私は頷く。
「この簪の送り主を確かめに、殿下の屋敷へ行ってきました」
「答えは、やはり……」
「はい、この送り主は、煌蔣殿下でした」
私の言葉を聞き、もう一度、視線を簪に戻す父。見覚えのないその簪を穴が開くのではないかというほど見ていた。
「この簪を煌蔣殿下が桜妃に?」
「はい。私は、この簪の存在を今日まで知らなかったのですが、連珠が思い出して、衣裳部屋の奥から出てきました」
「……連珠が? どうして?」
「それは、連珠が簪の存在を忘れていたからです」
「……そんな重要なことを?」
父は、本当に煌蔣からもらったものであるのなら、どうして今まで、表に出てこなかったのかと、疑問に思ったらしい。私もこの簪の存在を知らず、連珠も『三々』という名から思い出したのだ。連珠を叱らないでほしいとお願いして、私は父の次の言葉を待った。
「……連珠は、どうしてこのことを思い出したんだ?」
「それは、私が、今日、殿下とお会いしたことで、連珠に匂い袋の話をしたからです」
「次は匂い袋か? 次から次へと……桜妃の周りでは、話題が尽きないというのは、侍従たちの大げさな噂話ではないな」
ため息をひとつ、私を見ながら、話の先を促してくる。なんだか、申し訳なく思いながらも、続けることにした。
「私が、まだ、領地で暮らしていたころです。私は、屋敷を抜け出したときに『三々』という子と、たまに遊んでいました」
「もしかしなくても、それが煌蔣殿下ということか? 確かに、殿下が命を狙われていた時期と重なるな。領地の中にある隠れ家に一時的に避難していた時期があったが、そのときか」
「お父様は、殿下が領地にいたことを知っていたのですか?」
「あぁ、一時期、陛下に頼まれて、領地の奥にある芳家が守っている皇室の隠れ家に避難させていたことがある。ただ、それは、屋敷を貸しただけであって、すべての采配は陛下が取っていたから、ほとんどの状況は知らなかった。そうか……あのときか。桜妃もだが、殿下まで、屋敷を抜け出していたなんて……」
父は、大きなため息だけに収まらず、頭が痛いらしく、こめかみあたりを押さえている。
殿下も抜け出していたなんて、私たちは似たもの同士なのね。
父を気の毒そうに見ながら、私は少しだけ、申し訳なさそうにする。そうしたところで、父は私の心を知っているので、もう一度、ため息をついた。
「それで、冬嵐を帰したということは、何か言いたいことがあるんだろう? 私のほうにも話したいことがある」
疲れた表情に変わった父に、私は笑いかけるしかなかった。




