第57話 煌蔣殿下と桜妃は知り合いなのか?
「会ったんだな。煌蔣殿下に」
「はい、会いました。皇宮の廊下で」
「それだけじゃないだろう? 連珠が、簪を見て、屋敷を飛び出していったと私に伝えに来たのだから」
私は、父の言いたいことにうなずいた。屋敷を飛び出してまで会いに行ったのが誰なのか、父は知っていた。皇宮で働く父のことだ。私に会う前に、煌蔣にも会っていた可能性はあった。
「……こちらに戻ってきておられるのは、毎年のお願いをするためのようだな。殿下も立派になったと思っていたが、まさか、本気だとは。実の娘に言うのはなんだが、どんな縁を持っているのか」
「お父様は、殿下が私との婚姻を望んでいることを知っていたのですか?」
「もちろんだよ。最初から知っていた。皇宮の力加減を考えて、私は、この婚姻を断り続け、怜家との婚姻を進める方向で考えている」
「どうして?」
私は父の目をしっかり見て、理由を聞く。政治的な問題もあるのだろうが、それなら、父の性格上、煌蔣の後ろ盾になることを断らないだろう。皇太子がいる今、皇宮での位は、よほどのことがない限り変わらない。
「煌蔣殿下の才覚の問題だよ。最も皇帝に相応しい才覚を持っているにも拘わらず、後ろ盾がないから、取り立てられることもない」
「お父様が後ろ盾になることは、ダメなのですか?」
「そうすると、お前と婚姻することになる。それを望んでいるわけではないのに、どうして、そんなことができる?」
私は、父に対して、自分の気持ちを表明していないことに気が付いた。父は、そもそも、権力争いに関わるような場所へ私を送り出したくないのだろう。怜家は、官吏一族であるが、表の政治部分では、中立となっており、どこの派閥に属さない。ゆえに、私の嫁ぎ先としては、1番好ましいと考えているのだろう。
「それにしても、煌蔣殿下と桜妃は知り合いなのか?」
黙って話を聞いていた私に父が質問をしてきた。父も知っているのか分からないが、幼いころの領地での話をすることにした。その頃は、まだ、父も私にばかり目をかけていられるほど、余裕もなかったころの話だ。
「お父様には、話したことがあったでしょうか?」
「領地での話は、ほとんど知らないな。あの頃は、とても忙しかったうえに、心にも余裕がなかった。いつのころだったか、屋敷を抜け出した桜妃が、久方ぶりに笑っていた日のことは覚えているが、その頃か?」
「幼いころのことは、あまり覚えていないのです。母と妹を失ったことで、記憶があいまいになっていて」
「そうか……、そうだったな。桜妃には、辛い想い出でもある」
父が視線を落とすので、「大丈夫ですよ」と声を掛けた。失った人たちはいるが、私の傍にいてくれた人もいる。私一人では、無理だったかもしれないが、辛い過去もきちんと整理できていると父に告げた。私は、簪を取り、父に見せた。




