第56話 煌蔣殿下にお聞きしました
私は、父の執務室へ入った。父は、脇の机で何か読んでいるようで、少し難しい表情をしていた。父の傍で連珠がお茶を用意しており、私がどこかへ飛んでいってしまったと、話しているところだった。
「戻ったわ、連珠」
「お嬢様! どこへ行かれていたのですか?」
「ちょっとね。私、気づいたことがあったから、確かめたくて」
「……それは構いませんが、どこへ行くかぐらいは、教えてください。いきなり、屋敷を飛び出して行ってしまわれると、とても困ります」
「ごめんね。いつも心配ばかりかけて」
私は連珠に謝ると、「その謝罪は言葉だけです」と頬を膨らませている。私との付き合いが長いのだから、私の言葉にどれほどの意味があるのか、わかっているだろう。そんなやり取りを見守っている父の方を私は見た。父は少しだけ驚いたように私を見た後、口元を引き締める。
「桜妃よ、連珠のいうことも聞きなさい。もう、子どもではないのだから」
「わかっています。ただ、今日はどうしても、行かなければならない場所があったのです」
私は、父をじっと見つめると、仕方がないというふうにため息をついた。連珠に私にもお茶を出すようにというと、準備をしてくれるので、父と向かい合って座る。
「そういえば、冬嵐様はご一緒ではないのですか? 外で待つと言ってらっしゃいましたけど……」
「冬嵐なら、帰ったわよ。私との婚礼の許可をお父様に持ってきたのでしょ?」
私は父の方をチラと見ると、どこかばつの悪そうな表情をしている。平静のようであって、娘は騙せない。全部は聞かなくても、煌蔣の話では、皇太子からの婚姻の申し出も断ったと聞いている。私の周りで、私と結婚したいなんていう奇特な人間は一人しかいないのもわかっている。だからこそ、私以外の家族ぐるみで進めていたのだろう。
「お父様、皇太子殿下に婚姻の許可を求められていたことも知っていますよ?」
「桜妃!」
「お嬢様!」
父は驚きと焦り、連珠は頬を染めて玉の輿だと喜んでいる。私に指摘され、父は、観念したようだった。
「どこでその話を聞いてきたかは知らないが……」
「連珠、少し外してくれるかしら?」
私は、連珠の方を見ると、「かしこまりました」と礼を取って部屋から出て行ってくれた。父と二人になり、話を続ける。連珠なら聞かれても問題のない話ではあるが、私には、父と違う考えがあるので、あまり聞かれたくなかった。
「煌蔣殿下にお聞きしました」
私から『煌蔣』の名前が出たことで、父の表情は、こわばった。そして、大きく深いため息を一つして、「……そうか」とだけ呟いた。




