第55話 私にはその道は用意されていないことも!
「桜妃、どこへ行っていたんだい?」
「冬嵐、来ていたのね?」
「その言い草……出かける前に会っただろ?」
私は煌蔣の元へ急いでいたため、すっかり忘れていたが、幼馴染の冬嵐は後宮から帰ってきた私を労うために待っていてくれたらしい。
「そうだったね。待っていてくれてありがとう」
「それで? どこへ行っていたんだ?」
興味ありげに聞いてくる冬嵐。どうせ食べ物でも買いに行ったのだろうと、さっきから私が何か持っていないか、キョロキョロとし始めた。
「何も持っていないわよ? 食べ物を買いに行ったわけじゃないから」
「今度は何を考えて動き回っているんだ?」
「それは、べつに冬嵐には関係ないでしょ? それより、冬嵐が今度の科挙試験で優秀な成績をとれるって噂よ?」
「……あぁ、それな。別に、科挙なんて受けなくてもいいけどね?」
私はその言葉に、冬嵐を睨む。その真意は知っている。科挙を受けなくても、決まっているのだ。冬嵐の出世する道が。私には、科挙すら受けられない現実があるのに、その言い草に腹が立った。
さっき、何かを成し遂げると考えたばかりなのに、目の前で、それを打ち消されるような言葉を言われたら、胸が苦しくなる。
煌蔣の顔を思い出し、私は首を横に振る。私は、私の道を行く。そう決めたのだ。その道がどんなに辛く厳しくても、私にしか歩めない道があるはずだ。煌蔣の歩いてきた道を思い、私は冬嵐に言い放った。
「冬嵐」
「何? 怖い顔して……、桜妃も知っていることだろう? 僕には、すでに約束された道があることくらい」
「えぇ、知っているわ。それと、私にはその道は用意されていないことも!」
「……桜妃」
「だから、あえて言うわね! 冬嵐」
「なんだよ!」
「科挙で1番上にならないと許さないから。官吏になって、えらくなって、悪いことに手を染めないって約束しないと私がシバクわよ!」
「やめろよ! 桜妃は、手加減ってものを知らないから!」
お尻をそっと撫でている冬嵐をもう一度睨みつける。私だって、できることなら、同じ舞台に立ちたい。やりたいこともあるのだ。今は、この頼りない幼馴染を頼るしかできないことが悔しくて仕方がない。
「そういえば、おじさんと話をして来いと父上が言っていたんだけど、何だと思う?」
「さぁ、興味なんてないわ」
「桜妃の輿入れの話……なんじゃないかな?」
「私の結婚? それが、なぜ、あなたと関係があるの?」
「それは、だって、その、わかるだろう? 桜妃なら」
私は首を横に振る。わかっていても、わからないふりをする。私は、冬嵐が言いたいことも、父に話をしてくるようにいった冬嵐の家族のこともわかっている。わかっていてなお、私は、断るつもりだ。
私の道を見つけたんだから、私は諦めない。殿下へと続く道を歩むの。どんなに困難でも。
「冬嵐。私、見つけたの。私が求める答えを。私の目指す場所を。私は、あなたと結婚するつもりはないわ」
「桜妃!」
「ごめんね。あなたの気持ちは知っていたし、お父様たちの考えも知っているけど、私だって譲れないものがあるのよ」
髪に挿してある簪が揺れてシャランと鳴る。それを見た冬嵐は驚き私から数歩下がった。豪華なものであり、私がふだんつけることがないものを身に着けているということが物語っている。
「桜妃、それは……」
「冬嵐には関係がないと、私は言ったわ。私は、私の道を進むのだと告げたわ。あなたも、あなたの道を進みなさい。あなたは、私と違って、たくさんの道があるのだから」
私は、冬嵐に背を向け、父のいるはずの書斎へ歩き始めた。呼び止めようと私の名を呼ぶ冬嵐をその場に残し、私は足早に去る。家のものに、冬嵐を見送るよう伝えた。




