第54話 足手まといになるような私でいたくない。
煌蔣の屋敷を出てから私は過去を思い返した。ここひと月の間は、皇太子妃として、後宮で過ごした。そのほとんどを皇太子と過ごし、今まで知り得なかった知識をたくさん知ることができた。外から見る皇宮と中に入った皇宮では、違うことがわかった。私が思っている以上に生きにくい場所であることを体感した。
街を冬嵐と一緒に駆け回っていた時期もある。都へ来てから、母と妹が亡くなったことで、しばらくは屋敷に閉じこもっていた。
領地で飢饉や流行病を経験した。母と妹を亡くした。領地で、たくさんの人を見送った。
私の人生は、十分な時間を過ごしているわけではない。
冬嵐のように、官吏になるために十分な教育を受けて、さも当たり前のように官吏になるものもいる一方で、街中では、何年も何十年も官吏になりたくて、時間もお金も注ぎ込んでいる人もいる。
「お金があれば、地位があれば、叶うこともある。でも、叶わないこともある」
私は、空を見上げ、道の真ん中で、「あぁーーーーーっ!」と叫んだ。街行く人々は、私の奇行に眉を顰めて避けていった。道の真ん中に、一人立ち、これが今の私の立ち位置だ。
私には、たくさんの味方もいるが、こうして、芳家の屋敷を出てしまえば、周りには誰もいない。一人、立ち上がったとき、手を差し伸べてくれる人は誰もいないことを知ってもなお、私は、歩き始めなければならないと、心が叫んでいる。
煌蔣に追いつくには、どれくらいの道のりがあるのだろう。高い山もあり、深い川もある。平坦な道なんて、ほとんどがないだろう。私の頬に触れた煌蔣の手を私は思い出した。
私には叶えたい夢がある。
ひとつ、官吏になってなるべく多くの人の涙を減らすこと。
ひとつ、幼いころの約束を叶えること。
どちらも、私には難しく険しい道のりだ。
女性官吏が存在しないこと、認められていないこと。それがこの国の現状だ。いつか世の中が変わることを期待して待っているだけではダメなことも知っている。
現状を打破したいが、ここは国という壁が立ちふさがり、女性が政に参加することをよしとしない慣習も多いことも知っている。
良い縁をもって良い人に嫁ぎ、良い妻になって、良い母になる。それは決して悪いことではないことも知っているが、私はそこにもう一つ道を作りたかった。
それで、この国が変わるのなら、私の人生をかけてもいいとさえ、思っていたことだ。
もう一度、お父様に相談してみよう。私が殿下に近づくためには、私にも生きる道が必要で、足手まといになるような私でいたくない。




