第53話 『芳桜妃』だから
……殿下の言うことは、わかる。この国で武力において、芳家の力……父の影響はとても大きい。私となんて、結婚をしたくないだろう見ず知らずの令息から、婚礼の申し出があるくらいだ。
私だって、太傅の娘として、この国のためにどうあるべきか、どうあらねばならないのかくらい、わきまえている。
皇太子に望まれているなら、この人の腹違いの兄弟に嫁ぐことが、1番可能性が高くなるのか。
でも、先日、父は、皇太子に対して、婚礼を断っていた。それなら、まだ、私の望みが叶う可能性はある。
私は俯いた。言葉にしてはいけないことくらい、もうわかっているけど、今だけなら、この場だけならと、口が動いてしまった。
「……殿下は、私を妻にと、もう願ってはくれないのですか?」
私は、これ以上、煌蔣と関わることはできないだろう。煌蔣が望んでくれ、一緒に歩むと決めてくれれば、他の道もあるかもしれないが、「忘れてくれ」と言われたばかりだ。話を聞けば、私は、今のこの感情を抱えたまま、一生を終えるだろう。他の誰に嫁いだとしても、煌蔣でないのなら。
「……願ってもいいのか?」
私は、ためらいがちな煌蔣の言葉に思わず顔を上げた。困ったような表情をしながらも、目は優しく見つめてくれている。
……私と同じ想いでいてくれるんだよね? 私との未来を夢見てくれていると思ってもいいんだよね? 何度も陛下に懇願したって言っていたもの。
縋るように見つめると、煌蔣がうなずいた。煌蔣には、煌蔣の立場がある。後ろ盾のない今の状況で、芳家という後ろ盾ができれば、権力争いに巻き込まれる可能性は高い。父は、私が権力争いに巻き込まれること望まないだろうし、煌蔣もそれは同じだろう。諦めずに、皇帝へ願い出てくれていたことを知れば、私も覚悟は決まった。
……権力争いになんて、負けない。私は、『芳桜妃』だから、どんなことでも、受けて立つわ。
「桜妃は、私がどういう立場にいるのか知って……」
「知っています! 私も太傅の娘ですから。殿下が私を望んでくれるなら、どんな困難も受けて立つつもりです。辺境にだって、どこにでもついていきます! 私、殿下を諦めませんから!」
立ち上がると煌蔣に笑いかけ、そっと頬に口づけをした。この巾着を渡した日に煌蔣からされたことを返す。口づけをした頬を撫で惚けていた煌蔣は、みるみるうちに顔が引き締まっていく。私の言葉が、届いたようだ。
「また来ますね」と私は言葉を残し、煌蔣と斉へお辞儀をして、屋敷を去った。




