第52話 私が第三皇子だからだ
「どうして、何も言ってくれなかったのですか? あなたなら、私を皇宮へ呼び寄せることはできたはずです」
煌蔣は、困ったなという表情をしたまま、自分の襟元をつかんだままの私の手をそっと外す。そのまま、元の席に戻るのかと思っていたら、私を座り直させ、そのまま抱いてくれるらしい。対面にいる斉からは二人がよく見えるので、口に手を当てたまま、見守ってくれている。
「理由は、私が第三皇子だからだ。私が元服後、一番最初に願ったことは、桜妃との婚姻であった」
「えっ?」
私は驚いた。未だ皇子たちは、皆が独身である。そのため、貴族たちは、自身の娘を妃にするために、躍起になっているのだが、第三皇子である煌蔣だけは違う。誰も、自分の娘を差し出したがらない。出世をする見込みも、皇帝になる見込みもなく、辺境の国防をして一生を終える皇子だと思われているからだ。
「そう、最初に願ったのは、他の何でもなく、桜妃だった。皇帝に反対されて、辺境の国防をするよう命じられたのは、桜妃との接点をなくすため」
「噂じゃ、寵姫と似ているから皇帝に冷遇されていると……」
「それは、真実ではない。寵姫の子はまた、寵愛を受けている。だからこそ、辺境に行かされたんだ」
私は思わず、斉の方を見ると、何度もうなずいている。静かにすることをしっかり守っているようで、口には出さなかったが、斉がうなずくなら、そうなのだろう。ただ、うろんな目をしているあたり、私との婚姻の申し出の話は知らなかったようだ。
「……何故、ダメだったのですか?」
「太傅の娘だから。下手に後ろ盾を持つと、権力争いに巻き込まれる」
なんだか、不貞腐れるような声音になって、不機嫌になっていく。よほど、当時のことに腹が立っていたのだろうことは、その声と眉間にしわを寄せているのでわかった。
「それで、辺境ですか?」
「そう。自身の力で、自立したとき、桜妃が、まだ、独身であれば、考えてもいいと言われたから、辺境へ渋々行って、功績を積み重ね、武功で位を上げて、毎年、父上に、桜妃との婚姻を願い出ていた」
「毎年ですか?」
「毎年。かれこれ、5年? さすがに、これが最後だろうと思い、都へ戻って父上に願ったが、桜妃との婚姻に許可が下りなかった。桜妃と婚姻の約束をしていると、幼いころからの私の話など、誰も本気にしなかった」
皇太子から桜妃との婚姻の申し出があったことを知った今、ため息と諦めがあふれそうだ。皇子の結婚は、皇帝の許可が必要になる。皇太子との婚姻も、父が断っているから難航しているらしいと聞いてきたそうだ。
「芳家は、今やこの国になくてはならぬから、紙切れ1枚で結婚させよとは、父上もできない」
煌蔣の大きく無骨な手を取り私の頬にあてがう。それだけで、今までも苦労してきたことがわかった。私は、そんな些細なことも知らなかったことに愕然とした。




