第51話 私より物腰の柔らかい男性がどこにいるのですか!
「せっかく、桜妃は美しく成長したのに、涙を流してはもったいない」
煌蔣が近寄ってきて、袍の袖で私の涙をそっと拭ってくれる。涙で重くなる袖を気にもせず、優しい声で名を呼んでくれた。
「私が贈った簪がとてもよく似合う。美しい娘になったな」
私は抱きしめられ、頭をそっと撫でてくれる。髪を梳くように優しく。その手の大きさに私はドキドキしながら、煌蔣の胸に体を預けた。安心する鼓動の音を聞きながら、静かな時間だけが過ぎていく。
「……三々」
私は、名を読んだ。私の知る、彼の名だ。すると、髪をなでてくれていた手が止まり、少しだけきつく抱きしめられる。
「もう三々ではない。三々ではいられないんだ」
絞り出すような煌蔣の声に、私は苦しくなる。やっと、再会できたのに、私たちは大人になっていた。再会するのが、遅すぎた、そういわれているような気がした。
元服の行列の日、私がこの簪をしていれば、煌蔣にこんな想いをさせることはなかったのだろうか?
私が、もっと、積極的に皇族と関わりを持ち、煌蔣と再会を早めることができたら、違った今があったのだろうか?
私は、胸の痛みをどう表現すればいいのかわからなかった。涙が溢れ、そのたびに、煌蔣の服にシミを作っていく。それは、どんどん大きくなり、湿っていく。
髪を撫でるのを再開した煌蔣は、息を整えて私から少し身を離した。目が赤いような気がしたが、暗くなってきた部屋では、ちゃんと確認は取れない。
黒曜石のような瞳を見つめる。私をしっかり見つめ返してくれるのに、私は涙でそれすら滲んでしまう。
また、少しずつ、涙を拭きとってくれる。止まることがない涙をそっと優しく。
「桜妃、私との約束を思い出してくれてありがとう。だが、もう忘れるんだ」
「嫌です! 私は、やっと思い出した。なのに、忘れるだなんてできません」
「いい子だ、私の言うことを聞いておくれ」
「聞きません! 私は、この願いを受け入れません!」
離れていこうとする煌蔣の胸ぐらを両手でしっかり掴んで離さない。煌蔣は、聞き分けのない子どもをあやすように笑いかけてくるが、斉は少し驚いている。私は、深窓の令嬢では決してない。屋敷の壁もよじ登って逃亡するし、筆より剣の方が好きだし、街中走り回っているような令嬢だ。掴んだ服も力強く握っているため、二人の顔は近づいた。
「私は、心のどこかで、あなたを待っていたんです。迎えに来てくれる日を」
「忘れていたではないか。他の者と思っていただろう? 私を待っていたわけではない」
「……そうです。私は、あなたのことを待っていたわけではない。あなただと、私は知らなかったのだから。三々だって、女の子だと思っていました! 私より物腰の柔らかい男性がどこにいるのですか!」
そういった瞬間、斉が吹き出してしまう。それを二人して睨んでやると、口元を押さえて、口元を押さえて「静かにします」と人差し指を立てていた。
「……桜妃は、昔からがさつだからな」
煌蔣は、取り乱して怒っている私を見ながら、小さく笑ったあと、ため息をついた。胸に秘めておくことを話してくれることになった。




