第49話 芳家の令嬢との約束っていうのは
私は胸を押さえる。どうしてか苦しくなり、泣きたい気分になった。涙を見せるわけにもいかず、少しの間、下唇を噛んでやり過ごす。
そのしぐさを見て、煌蔣が「ほら、桜妃が何かを我慢している」と斎に説明をしていた。
「そ、そんなことはありませんよ!」
「桜妃のことは、なんだってわかるよ。私は、ずっと、桜妃のことを見ていたのだから。仕草一つで、どんなことを考えているのかくらい、想像ができる」
私は、煌蔣の言葉に微妙な微笑みだけを返す。そうしないと、次の言葉を出すことができそうもなかったからだ。
「……殿下は、私との約束を、その、覚えていたのですか?」
「もちろんだよ。ひと時も忘れたことなんてなかった。私が生きる理由の一つだったからね」
「主、聞いてもいいですか?」
「なんでも、聞いて。今更、隠す必要もないだろう?」
斎が煌蔣に疑問を投げつけるらしい。私が、躊躇って言えなかったことを。喉元まで出かかっては、言葉にならなかったことを聞いてくれるらしい。
……私を妻として娶るという約束。
「芳家の令嬢との約束っていうのは、一体何だったですか?」
「知りたい?」
「……ここまで聞いていたら、最後まで知りたいですけど? 話したくないなら、構いませんよ」
軽い口調で、斉は言っているし、煌蔣も同じように感じた。私だけが、躊躇していることに、虚しさすら感じた。忘れていた私も悪いのだから、仕方がない。
「いいよ。教える。幼いころから、桜妃を妻として娶りたいと考えていたんだ。もちろん、一方的なものではなく、桜妃も私のことを愛してくれていると思っていたからね。幼さとは、何とも浅知恵なのか」
「主は、芳家の令嬢が好きだということか?」
「まぁ、端的に言えばそうなる。でも、桜妃の傍には、今、兄上もいるし、幼馴染の怜冬嵐がいる。怜家の令息は、今年の科挙を主席であろうともっぱらの噂だぞ?」
「なるほど、なるほど。なかなかおもしろい展開ではありませんか? 主!」
恋愛など興味はありませんというふうな斉の雰囲気からは、図り知れなかったのだが、興味津々という風に、煌蔣と私を交互に見た。
「おもしろい? どこがだ? 私は全く面白くない。兄上が関わっていて、怜家の令息だとか、あとから出てきたやつらが、桜妃の婿候補なんて、面白いわけがないだろう?」
「……えっと、殿下?」
「そもそも、桜妃と先に約束を交わしたのは私であって、ポッと出の兄上なんて、まず、論外なはずなのに、今日、父上に聞いたら、兄上は桜妃との婚礼を望んでいると言っているらしい」
「それは、それは……、だから、主はこの上なく不機嫌で帰ってきたのですね? まぁ、芳家の令嬢が誰を選んだとしても、主以上の逸材はいないと思いますけどね? 皇太子がなんですか? 怜家の令息? どっちも、主には敵わないでしょう?」
斉が自信満々に胸を張って煌蔣を自慢しているなか、私は目の前での会話についていけない。いや、ついて行ってはいたが、情報量が多くて、目を白黒させるしかなかった。




