第48話 あのときは、そんなふうに名乗ったかな?
私は目を見開いた。見覚えのある巾着に言葉を失った。連珠に教えてもらいながら、一生懸命に縫った。いつも私と仲良くしてくれるお礼に何か贈りたくて、連珠に何がいいかと相談した。もちろん、子どもだった私が、高価なものを手に入れられるはずもなく、屋敷を抜け出して会っている子のことを連珠以外に言えるはずもなく、何かいいものはないかと聞いたのだった。
当時から裁縫の苦手な私の作った巾着は、三々に渡した時点で、すでにボロボロだった。糸が出ていたり、縫い合わせが悪かったり……。
そう、目の前にある巾着を見て、全て思い出した。あまりの出来の悪さに恥ずかしいと思いながらも、三々に渡したのだ。連珠に作り直してほしいとお願いしたけど、「お嬢様が心をこめて、三々様のために作ったものの方が喜ばれますから、私は作りません!」と断られたことも思い出した。
連珠に体裁だけを整えてもらった、私の手作りでボロボロの巾着。今は年月とともに、布が擦り切れてボロになっているが、大事に持っていてくれたらしく、私の至らない裁縫技術は、誰かの手によって補われていた。
……殿下は、皇宮ではあまり知らないというふうに皇太子殿下に対して言っていたけど、本当は、私のことを知っているし、子どもの頃のこともちゃんと覚えていたの?
私は巾着から視線を外し、煌蔣へと向ける。そこには、優しく微笑む煌蔣がいた。さっきまで、あんなに機嫌が悪かったのに、それはどこへ行ったのかと思うくらいであった。
斉の方へ目を向ければ、少し呆れた様子で、煌蔣を見ていた。
「……殿下は、三々なのですか?」
「あのときは、そんなふうに名乗ったかな?」
「そんなふうに名乗った?」
「皇宮以外で、本名を名乗るものはいないだろう。命を狙われているのだから、特に。なぁ、斉?」
「……主、それは言わない約束ですよ」
煌蔣が斉を挑戦的に見て笑うと、視線をそらすように苦笑いをしている斉の関係性がぼんやりと分かってくる。
昔、もしかしたら、斉は煌蔣を狙った暗殺者だったのかもしれないなんてことが、頭をよぎった。
でも、それ以上に疑問が私の中にあった。もし、本当に、煌蔣が三々だったとしたら、私の記憶でごちゃごちゃになっていることがあった。
じゃあ、なぜ? なぜ、殿下は私を迎えに来てくれなかったの。
「じゃ、じゃあ……あの、約束……あの約束は……殿下としたものですか?」
「約束?」
「はい、私は、三々とした約束がありました。いえ、私、てっきり別人と約束をしたのかと今まで思っていたのですけど」
「あぁ、桜妃がいう約束は、たぶんあのことだろう?」
最後に別れた日以来だっただろうか。煌蔣が私のことを『桜妃』と呼んだのは。私の胸は、急に苦しくなった。




