第46話 お茶を用意してくれ
……本当に、第三皇子龍煌蔣は、三々なの?
私は戸惑いながら、この部屋のどこかに置かれている香炉を探した。視線の先、煌蔣の机の上で、ゆっくり煙が燻っているのを見つけた。その香りは、煌蔣に近づけば近づくほど、はっきりとした香りがする。
煌蔣は、書き物をしており、ちらりとこちらを見たあとも、スルスルと何事か書いている。実際、辺境の国防を任されている煌蔣は忙しく、押しかけてきた私の相手をすることすら、本来ならしないだろう。
「何か私に用が?」
煌蔣の棘のあるような言い方に、少しムッとしてしまう。私は、ここへ来た理由を思い出し、探るように煌蔣を見つめるが、私には三々の面影を煌蔣に見つけられなかった。この香りだけが私の唯一の手掛かりであった。
「先ほどお会いしたときに、大変失礼いたしました。そのお詫びをと思い、押しかけてしまったこと、重ね重ね申し訳ございません」
私は、深々と頭を下げると、「気にしていないし、実際に助かった」とだけ、煌蔣はそっけなく返してくる。確かに、斉が言ったように、皇宮で会ったときより機嫌が悪いような気がした。いや、皇宮にいたときは、皇太子が一緒にいたから、仮面を被っていたのかもしれない。
「主、少し、手を止めてはいかがですか?」
「……芳家の令嬢は、謝罪に来ただけだろう。私は気にしていないし、助かったと言ったはずだが?」
斉の言葉に対して、さらに機嫌を悪くしたようだ。私は、訪ねてこない方が、よかったのかもしれないと考えた。でも、ひとつだけ、どうしても確認をしておきたいことがある。この簪の真実を私は知りたかった。
「殿下がお忙しいことは、重々承知しております。突然の訪問まで、許していただき、ありがとうございました。最後に確認をしたいことがありまして、聞いていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
「あぁ、話すがよい」
冷たい煌蔣の言葉に、心が折れそうになる。勢いだけで来てしまった私も考えものなのはわかるが、皇宮での態度とのあまりの違いに、下唇を少し噛んだ。
「ありがとうございます。お話したいこととは、皇宮ですれ違ったときに、殿下から私しか知らないはずの珍しい香りがしたので……、香の話をしたく」
煌蔣は少し考えたあと、書き物の手が止まる。
「……あぁ、わかった。斉、お茶を用意してくれ」
斉が部屋から下がったのを確認したあと、煌蔣は落ち着かない私の元へと近づいてくる。部屋の窓際にある別席で椅子に座るよう促してくれるのだが、私は、煌蔣を間近で見ておどおどしてしまう。そんな私を見て、煌蔣は口元を初めて緩めた。




