第45話 『主』と呼ぶこと
「斉様、お聞きしたいことがあるのですが」
「それはかまいませんが、その『様』というのはおやめください。斉でかまいません」
私に振り返りながら、斉が指摘してくる。斉は煌蔣の副官でありながら、位は持っていないと教えてくれた。太傅の娘である私の方が、身分は上だそうだ。
「それで、いかがされましたか?」
「いえ、主とは、殿下のことでしょうか?」
「あぁ、……そうですね。ここでは、もう、私が、殿下のことを『主』と呼ぶことは、みなにとって普通になっていますが、外の人には珍しいでしょう」
「はい、少し驚きました」
私は素直に言うと、気難しそうな表情を少し崩した斉にも驚いた。他の兵には『殿下』と呼ばれているのに、斉だけは違う呼び方なのは、きっと、他の者とは違う繋がりがあるからなのだろう。
「ところで、芳家のご令嬢は、何故、主をお尋ねになったのですか?」
「……あぁ、それですよね。気になりますか?」
「一応、取次をする関係上、知っておかなければなりません。危害を加えるようなことはないと思いますが」
私の全身を目視して、すぐに視線を外した。私が武器や暗器を持っていないか、確認をしたのだろう。女性の服の下は、意外と小さな武器なら隠しやすいということを職務上知っているのだ。私は、父に教えてもらっていたので知ってはいるが、後宮帰りなので、本当に何も持っていなかった。唯一、武器になりえるのか……尖っているものと言えば、簪くらいである。
「心配はいりません。後宮帰りですから、私は何も持っていませんよ。何なら、身体検査をしていただいても構いません」
「それはさすがに。目的だけ教えてもらえば、大丈夫です」
「わかりました。今日、皇宮で殿下とお会いしたのですが、突然、殿下を呼び止めてしまい、大変申し訳ないことになったので、謝罪をさせていただきたく参りました」
「そんなことが? 主は、何もおっしゃらなかったので、知りませんでした。ただ、少し、いつもより機嫌が悪かった気がします」
斉と話しながら、歩いていると、大きな部屋の前まで来た。部屋の前には、二人の見張りが立っており、斉を見るなり背筋を伸ばす。位はないと斉は言っていたが、その様子をみるだけで、ここでの地位は確立されていることが窺えた。
「斉殿、お疲れ様です」
「楽に。主の様子は変わらずか?」
「はい、部屋に籠ったあとは、ずっと……」
「……なんとも。お前たちに当たらないだけ、マシだと思え」
「そうですね。稽古にならなくて、本当によかったです」
心底ホッとしている見張り兵は、苦笑いをしている。稽古というのがなんのかはわからないが、相当きつい稽古なことは、この兵たちを見ればわかった。
「部屋に入られますか?」
「あぁ、お客様がみえているからな」
斉の後ろにいた私は、見張り兵から見えていなかったらしく、のぞき込んできた。私はにっこり笑いかけた。その間に、斉は中にいる煌蔣に声をかけた。
「主、芳桜妃様がお目通りをご希望だそうで、連れてまいりました」
「とおせ」
「はっ、どうぞ、芳家のご令嬢」
斉に促され、扉を開けてもらって部屋に入った。その瞬間、私の部屋と同じ香りを感じ、胸がドクンと跳ねた。




