第42話 桜妃は何が欲しい?
この簪の贈り主との約束も。
「三々、これをもらってくれる?」
小さな私は、屋敷を抜け出していつものように領地を走り回っていた。胸元を少し膨らませているのは、少し前から連珠に教えてもらって作った匂袋を忍ませていた。初めて作ったそれは、とても不格好で人にあげていいものではないだろう。今、思えば、その事実が恥ずかしくて仕方がないが、当時の私は、その匂袋を受け取った後の三々の優しい笑顔のことしか考えていなかった。
ところどころが歪んでいる不格好な匂袋を受け取ってくれた三々は、私が想像したとおりの笑顔であった。
「もらってもいいの?」
「もちろん! 三々にもらってほしくて作ったの!」
ところどころに糸が出ていようが、文字が歪んでいようが、切り口が雑であっても、宝物を手に取るようにして、三々はそれを両手で胸に押し付けた。
ほわっと香るその匂いは、二人で作った香料を入れてある。
「いい香りだね!」
「そうだね!」
私たちは笑顔であった。その場でしゃがんで、話の続きをした。満足そうな三々の顔が私もとても嬉しくさせる。
「何かお礼をしないといけないね? 桜妃は何が欲しい?」
「うーん……。三々っ!」
「私?」
私は聞かれたので、コクリとうなずく。なんだか、照れたように三々は頬を赤くさせた。色白い三々は熟れたスモモのように赤くなっていく。
とても嬉しそうな三々の表情に、私も思わずにっこりと笑う。
「三々がずっと一緒にいてくれたら嬉しい!」
私は、思った。子どものころ、純粋に三々を慕っていた。粗野である私と違って、物腰の柔らかい女の子であり、憧れでもあった。お姉さんになってほしいとか、ずっと友だちでいてほしいという意味だったのだが、もし、この簪の意味することが、違う意味だとしたら……。
「桜妃、約束をしようか」
「うん、しよう」
「私たちが大人になって再会したとき、まだ、私のことを覚えていてくれたら、私からの贈り物を身に着けていてほしい。いつか、必ず、桜妃を迎えにいくから」
「……明日はもう遊べないの?」
少し困ったような表情をする三々を私は見上げたが、その返事はなかった。不安になり、三々の手をギュッと握ると、握り返してくれる。些細なことが嬉しくて、「待っていたらいいの?」と聞き返す。
頷く三々の目は、キラキラとしており、輝いていたように思う。頷いた三々に話しかけようとしたとき、「お嬢様! 帰ってこないとおやつはありませんよ!」という連珠の大声が聞こえて、慌てて立ち上がる。
「三々、ごめんね! 連珠が呼んでる」
「うん、わかったよ。桜妃、気を付けて帰るんだよ!」
三々に手を振り、連珠のもとへ駆けていった。その日が、三々と会う最後の日になるとも知らず。私は、またすぐに会えると、振り返って大きく手を振る。
控えめに三々も手を振ってくれていた。
一連のことを思い出した。私は、簪を髪に差し、部屋を飛び出す。連珠は驚いて「お嬢様!」と叫んだが、振り返らず走った。私の記憶が確かなら、今の三々が誰だかわかる。三々が滞在しているであろう場所へ風のように駆けた。今朝、城で会ったばかりだ。まだ、都にいるはずだと。




