第40話 『蔣』
「お嬢様、痛いです! さっきのお返しなら、嬉しさのあまりに申し訳なかったと思っています!」
「連珠、違うの。ごめん、痛かったわよね!」
私は連珠の両腕を放し、じっと連珠の目を見た。連珠は何が起こっているのか分からず、唾をゴクッと飲んでいる。私は、それくらい緊迫した様子なのだろう。
「連珠、よく思い出して」
「お嬢様、わかりました。何を思い出せばいいですか?」
「……私、誰かに匂袋を渡したことはあるかしら?」
「……匂袋ですか?」
「そう、匂袋よ。いつの時期かはわからないし、ずっと昔かもしれないのだけど」
「……昔、昔ですか。そうだな。昔なら、うーん」
連珠は、記憶をたどるように、空を見ながら考え始めた。私より年上の連珠なら、私が覚えていないことでも、覚えているかもしれない。思い出してくれるかもしれないという一縷の望みで、連珠の記憶に私の次の行動を託した。
「あっ! ひとつ、覚えていることがあります。最近ではありませんが、確か……」
「……それって、三々?」
窺うように連珠に聞くと、少し考えたあと、「そうです!」と思い出したようだ。
そのあと、連珠はさらに何かを思い出したようで、私を置いて、奥にある衣裳部屋へ向かう。何をしているのかと後を追うと、「ありました!」と奥の方から箱を引っ張り出してきた。その中には、見たこともないような見事な簪が出てきた。
「三々様で思い出しました。お嬢様が贈られた匂袋のお返しにと、簪を預かったことを。お嬢様に直接お渡しすればいいと言ったのですが、もう、会えないから、私から渡してくれと言われたのです。すみませんでした。すっかり忘れてしまっていました」
肩を落とす連珠に、「気にしていないわ」と慰めた。実際、そのあとから、三々には会えなかった。私たちは、約束をして会っていたわけではなかった。私が屋敷を抜け出せたときにだけ会えていたのだ。また、いつか会えると、あまりに気にしていなかったが、実際は、匂袋を渡した日が三々と会った最後の日となった。
「当時は、幼すぎたので、お嬢様に似合わないとしまいましたが、成長したお嬢様なら、とてもよくお似合いになりますね」
連珠に渡された豪奢な簪を手に取る。金細工のきめ細やかな造りの桜花に赤と白と薄桃の宝玉が垂れ下がっており、揺らすとシャランと鳴る。
「素敵ね……この簪。本当に三々が私に?」
「えぇ、そうです。いつかその簪が似合う頃、お嬢様を迎えに行くと言っていた気がします。そのときに、迎えに行ってもいいと思うなら、簪を挿していてほしいとも」
「そんなことが?」
「申し訳ございません。私が忘れてしまっていたばかりに……」
「いいのよ、気にしないでと言ったでしょ?」
連珠を慰めたあと、私は簪をひっくり返すと根元のところに『蔣』と彫られているのを見つけた。送り主が、名を入れることがあるのだが、身に覚えのない名だった。




