第39話 そんなはずはないわ!
お茶も終わり、「着替えたい」と連珠に言って部屋に戻ることにした。皇太子妃が着るような上等なものではなかったとしても、私の着ている服の中ではそれなりに高級なものだった。汚さないうちにと思って、着替えることにした。
「服はすでに用意してありますので」
「優秀な連珠のことだから、何も心配はしていないわ」
連珠は褒められたことを照れくさそうにしながら、先に部屋の前へ向かい、扉を開けてくれる。そのとき、部屋の中からふわっと香ってくる。ひと月離れていただけなのに、すっかり忘れてしまっていた自身の部屋の香。後宮では、スッキリした香を焚いていたので、帰ってきたのだと、さらに実感する。
「この香、懐かしいと思えば、私の部屋の香と同じ香りだったのね」
「どうかされましたか?」
「この香り、さっき香ってきたからなんだったかなぁ? って思っていたの」
煌蔣からも同じ香りがしていたので、てっきり流行のものだと思っていたが、私は、この香を小さい頃から使っていたように思い首を傾げた。連珠も私を見て、不思議そうだ。
「部屋の香のことですか?」
「えぇ、そうよ」
「この香りは、奥様の調合でお嬢様だけの特別なものですから、他所で香るということはないはずですけど?」
連珠の言葉に私は驚き、凝視した。
……私しか使っていない香だというなら、本当にこの香りが煌蔣からしたのよ。どこで、この香の調合を? 母が私のために調合してくれたのなら、他に誰も知らないはずだわ。
「そんなはずはないわ! だって……」
「お嬢様?」
「そんなはず、ない……」
その後の言葉が続かない。思い返しても、私と煌蔣との接点は何もない。今日会ったのも人生で2度目だったし、1度目は元服の行列を見に行っただけだ。なのに、連珠に特別な香りだと言われては、あの香の説明がつかない。
私が嗅ぎ間違えた可能性はあるが、慣れ親しんだものだから、間違うはずはない。
思い当たるのは、誰かに私の匂い袋を渡したということだが、ここ最近で、誰かに物をあげたとすると、冬嵐だけ。でも、香に関するものは、あげていない。そもそも、この香は、ほんのり甘い女性的なものだ。男性が持つものではないと私は考えた。
実際、持っている人はいたが、と混乱して、頭をフルフルと振った。
着替えを持ってきてくれた連珠が「大丈夫ですか?」と聞いてくれたので、「大丈夫」と返事をしたが、謎は深まるばかりだ。
もしかしたら、連珠は何か知っているかもしれないと思い、急に連珠の両腕をギュッとつかんだ。驚いた連珠は「ひゃっ!」と悲鳴を上げていたが、お構いなしだ。私が覚えていないことを連珠は、覚えているかもしれないと、聞いてみることにした。




