第37話 憂鬱な季節
「話をさえぎってしまってすまない。願いとはなんだ?」
父の手を握っていた私は、少しだけ力を入れる。思い出すだけで悲しくなり、涙が出ないか不安になったからだが、父の温かな手が、私の手を優しく包んでくれた。急がなくていい、ゆっくりでいいと言ってくれている。
私は一度視線を落としたが、涙は流れなかった。心の中は、寂しさと悲しさ、虚しさでいっぱいになったが、生きている私たちが涙を流してばかりではいられないことを知っている。
私だけが、こんな思いを味わうものではない。父も同じ思いを抱えているに違いない。この世に生きる人や動物、全てに訪れることでもあるのだから。
「お勤めも終わったので、一度、領地に戻っても構いませんか? そろそろ、お母様たちの命日も近いですし、領地の様子も見たくなりました」
「あぁ、そうだったな。二人の命日を弔ってくれるのか」
「はい。殿下と話をしているときに、懐かしく思い出していました」
「殿下と?」
私は、後宮での話を少しすると、父は真剣に聞いてくれた。皇太子と一緒に勉強をするきっかけについて、後宮であったときには話せなかったので、かいつまんで話すと、父は深くうなずいた。「報告書による文字や数字では感じ取れないものを皇太子は感じ取ったのだろう」と父は説明をしてくれた。
「領地へ行くのは構わないが、一人では絶対行かせぬ。連珠と共にいくのだぞ?」
「はい、わかっています。連珠も領地出身ですから、必ず」
「そういうことではないんだが、まぁよい」
憂鬱な季節が、もうすぐやってくる。私は母と妹の命日が近づくと、部屋で塞ぎがちになる。連珠がとても心配してくれるが、誰も部屋に入ることは許さない日が続くこともあった。私は、部屋の隅でうずくまり、地べたに座り込んで手をじっと見ている。冷たくなっていく二人の体温を思い出し、やせ細った顔が瞼から離れず、眠ると夢に何度も出てくるから眠れないのだ。
数日経てば、元の私に戻るのだが、幼かった私が、大切な人を同時期に二人も亡くしたことが心の負担となっていると医者に言われていた。
二人の命日に領地へ行くのは、久しぶりのことである。墓参りをするときは、必ず父が一緒に行ってくれていたが、私も前へ向かうために克服をしないといけないと思った。皇太子へ話したことで、皇太子もやるべき使命に向き合うようになったのだ。冬嵐だって前に進んでいる。進んでいるようで進んでいない私の止まった時間を動かさないといけないと二人を見て思った。
そして、何より、煌蔣を間近で見たときから、どうも落ち着かない感情があるように思った。




