第34話 少し奇妙で
「急いでいるのに足止めをして悪かったな」
皇太子は煌蔣の背中に声をかけたが、煌蔣からの返事はなかった。皇子同士でも、妃の位や皇帝からの寵愛により序列があるが、この二人の溝は深いのだろうか? と、少しのやりとりを見ていて胸が痛んだ。皇太子の想いは、煌蔣には届かないのだろうかと思うと、少し寂しい気持ちになる。
「……あ、あぁ、あの! 煌蔣殿下!」
何を思ったか、私とすれ違う煌蔣を咄嗟に呼び止めてしまった。先を急いでいる様子なのに、私の呼びかけに煌蔣はわざわざ足を止め振り向いてくれる。一瞬のことだったが、その表情は、少し奇妙で、私に何かを期待しているように見えた。次の瞬間には、先ほどの作り笑いに変わっていた。
「どうかしたか? 芳家の令嬢」
「はへ?」
用事もない私は、煌蔣に逆に声をかけられ、戸惑ってしまった。咄嗟に煌蔣を呼び止めだけだったので、「えっと……」と私は次の言葉に詰まる。ただ、呼び止めたかっただけで、煌蔣を呼び止めてよいわけでもなく、呼び止めた後のことを考えてはおらず、二人に訝しまれるのも仕方がない。頭が真っ白になってしまい、さらに焦りから何か言わないとと混乱していく。
「えっと……えぇっと、その、えーっと……」
煌蔣は報告のため、先を急いでいるにも拘わらず、辛抱強く私が呼び止めた理由を聞くために待ってくれる。言葉をひねり出すために焦る中、たまたま目に入った甲冑の紐が緩んでいると苦し紛れに指摘した。
「そ、その、か、か、甲冑の紐が……」
最後まで言葉にはならなかったが、私の指摘に、煌蔣は自身の甲冑を見た。苦し紛れなのは、煌蔣は感ずいているだろう。確かに甲冑の紐は緩んでおり、煌蔣は私の言葉に耳を傾け紐を締めなおそうとしているのに、私は近づいていき、解けている紐をくくり直そうとする。先ほどからの焦りと混乱のうえ、緊張のあまり、手元が震えてしまい、紐がうまく結べない。
何度も何度も結び直そうとするが、結び目が解けてしまう。いつもどおりにすればいいだけなのに、何故か蝶々結びができない。
そんな中でも、私に文句を言うわけでなく、煌蔣はじっと待ってくれ、「ゆっくりでいい」と声をかけてくれた。私は頷き、震える手を握り、もう一度結び直す。先ほどよりは、震えはマシなのだが、何故か、解けていく。
二人が不出来な私を見ているのか、皇太子と煌蔣の視線が私に注がれていることがとても気になり、さらにもたもたとしてしまう。しびれを切らしたのは、煌蔣ではなく皇太子のほうだった。




