第33話 芳家のお嬢様が
「兄上、芳家のお嬢様がこのようなところで何をしているのですか?」
「ほぅ、桜妃が芳家のお嬢様だと知っているとは……煌蔣、何か縁があるのかな?」
私を見て『芳家のお嬢様』と言った煌蔣に私も皇太子もとても驚いた。私が煌蔣を見たのは二度目のこと。元服の日の行列以来、噂話で聞くことはあっても、今日まで煌蔣の姿を私は見たこともなかったのに、私のことを『芳桜妃』だと知っていることがありえない。
私は、後宮に呼ばれたこともなければ、皇宮に近づくこともない。街をぶらつくことはあっても、皇族や貴族との繋がりもなかった。婚約用の姿絵すら出回っていない、街中の娘以下にしか知られていない存在だった。
今回、後宮に呼ばれたのは金策目的もあるが、この街で誰も知らない令嬢が必要だった。
「芳家のご令嬢とは、縁もゆかりも、何もございません。ただ、噂に聞いたことがあるだけです」
「噂に? 桜妃は、姿絵も出回らないくらいの稀有な存在。私ですら、今回の件がなければ、その存在を知らなかったのに、煌蔣が桜妃を知る機会が今までにあったと?」
「……たまたま、たまたま耳に挟んだだけです。私は街での生活も長いですから、どこかですれ違ったのかもしれません」
皇太子の質問を上手にかわしていく煌蔣。街で、偶然、私と出くわすことは、確率的に、多くはなくともあるかもしれない。だが、私が噂話で聞いている限り、煌蔣は、ずっと遠方での任務に就いていたはずだった。彼自身の希望で僻地へ行ったと聞いているのに、そんな偶然があるのだろうか? と、私は首を傾げてみる。
これ以上の追及はしないでほしいのか、煌蔣は作り笑いで私たちを牽制した。
「煌……」
「兄上、芳家のご令嬢。私は陛下に急ぎの報告がありますので、これにて失礼します」
皇太子に礼を取ったのち、私たちの横を通り過ぎていく。煌蔣は取り付く島もないという風で、皇太子も諦めているのだろうか。皇太子は兄弟との絆を取り戻したいと言いながらも、他人の目があるこの場では、なかなか、煌蔣に声をかけ続けることは難しいのかもしれない。皇宮で公然とある噂もあるのだ。『次の皇帝は、誰が相応しいのか』という、みなが最も関心のある噂である。どの皇子につくのが、一番のうま味を得やすいのかというのは、人間は欲の塊なので、誰しも考えるだろう。繁栄を考える貴族たちは、すでにそれぞれの皇子にすり寄っていると聞く。後ろ盾のない煌蔣には無縁だそうだが、そんな中での皇太子と第三皇子の遭遇に、遠巻きに見ていた人たちは、そのやり取りに耳を傾けている者たちも多いようだった。




