第30話 殿下はどれほど勉強好きなのかしら?
明明の言葉を頭の中で反すうする。『出て行ってほしくない』という聞き慣れない言葉を何度考えても、うまく頭の中で繋がらなかった。
「明明、それは、どういう意味?」
「言葉のままの意味です。皇太子様は、皇太子妃様がこの後宮に残ってくれることを望んでいます」
「……それが、よくわからないの。私は、宰相の回し者よ?」
明明に「わからない」というと、「まだ、色恋は早いのですか?」と不躾に言われてしまう。確かに、色恋に気持ちを持っていかれたことはなかったので、指摘されるとぐうの音も出ないが、皇太子が私に色恋ということが理解できなかった。
「皇太子様は、変わられました。桜妃様がこの後宮に来られてから、毎日欠かさず、鳳凰宮へ来られていました。今までは、そんなことはしなかったですし、他の誰かでは、こんな奇跡のようなことは起こりませんでした」
「奇跡? 後宮に来ることが奇跡なの?」
「それもありますが、真面目に勉学に取り組んでいる姿を誰かに示されたことはなかったのです」
私は、宰相に言われたことは、皇太子の勉強の面倒をみてほしいということだったはずだ。今では、私が勉強をみてもらう側になっているが、皇太子がどれほどの勉強ができ、どれほどの知識を持ち、どれほどの政治的手腕を持っているのか、示したことがなかったからこその雇われ妃だったことを思い出した。
「……たまたま、貧乏な私に白羽の矢が立っただけで、明明が言うようなことは起こらないわ。さて、残りの数日間は、この場所を占拠させてもらうことになったから、勉強を始めるわね。読んでおいた方がいいと聞いている本が、何冊もあって時間が足りないの」
私は明明をその場に残し、皇太子に聞いた本棚へと向かおうとした。ふと、目に留まったものがあった。
……昨日、綺麗に片付けていったはずなのに。こんなに本が山積みに。もしかして。
私は机に向かうと、そこには17冊の本が置いてあった。そのどれもが、皇太子に勧められた本であったので、鳳凰宮での勉強会が終わったあとも、ここへ足を運んだことを知る。
「……殿下はどれほど勉強好きなのかしら?」
「どうかなさいましたか?」
「見て?」
私が机の上に置かれた本を明明に見せると、不思議そうに小首を傾げている。今日、この部屋に入ったばかりの明明にはわからないことだが、毎日、ここへ通っていた私はわかる。
「殿下が、昨日もここにこっそり来ていたということよ。あれほど、きちんとした寝床で寝ないと体を壊すと言ってあったのに」
「そんな話までされていたのですか?」
「えぇ、そうよ。体は替えがきかないから、何よりも大事にしないとダメだと言っておいたわ。この先、年を重ねたときに、健康でいられることがどんなに素晴らしいかって。食べるものや適度な運動は、心身を整えるのにも大切だよって教えておいたの」
「……そうだったのですね」
感心している明明には悪いが、父の姿を見ていれば、健康がいかに大事なのかということがわかる。これから、国を背負う人が、不健康であっていいわけではないのだからと、口をはさみたくなったのだと言うと、私の知らない『最近の皇太子』を教えてくれた。




