第29話 差し出がましいことを申し上げても
「鍵はここに置いておく」
「殿下、いいのですか?」
「あぁ、桜妃のことだ、構わない」
一通り話を聞き終えた皇太子は席を立つ。机の上に置かれたのは、例の部屋の鍵だ。私に渡してくれたのは、残りの時間もあの場所で過ごしても良いということと会いたくないという決別の意味もあるのかもしれない。
明明の目前で、皇太子が鍵を出したということは、隠すつもりはないのだろう。私は、机の上に置かれた鍵を持ち、立ち上がる。
「明明、ついてきてちょうだい」
「どこへ向かわれるのですか?」
「殿下と私の秘密の場所。あなたも宰相へ報告する義務があるのですもの、知っておくべきよ」
廊下に出ると、他の侍女たちもついて来ようとしたのを私は止める。明明だけを連れて、私は例の場所まで向かった。
「……ここは?」
「よくわからないわ。でも、すごく驚くと思う。明明は、この場所を知っていて?」
「いいえ、後宮には長く勤めていますし、表にも詳しいですが、この場所は初めてです」
もらった鍵を差し込み、扉を開ける。目の前に広がるのは膨大な本。積み上げられていた本は皇太子とともに片づけたので、今はきちんとした読書をするための場所がある。皇太子のくつろぐ場所でもあるので、元々あったものもそのままにしてあるが、ここには増えたものもある。2つの茶器と木剣。半月以上をこの場所で過ごし、それぞれが、先生となり成長を促していた場所でもある。
「すごい数の本ですね。それに机や茶器まで揃っている。皇太子妃様たちは、ここで勉強をなさっていたのですか?」
「そうよ。1日の半分をここで過ごしていたから、それぞれの居心地のいいように家具は配置してあるし、ここで剣の稽古もしていたから、真ん中は広く取ってあるわ」
「最近、皇太子様の体つきが少し変わったと思っていたら、そういうことだったのですね?」
私は腕まくりをして力こぶを見せる。ほんの少し盛り上がっただけではあるが、これでも、そこそこには強いし、皇太子へ教えられるくらいには、父にも鍛えてもらっていた。
「……いつも皇太子様がお迎えに来るので、私は同行許可されませんでしたが、私にも、まだ知らない皇宮があったのですね」
「宰相には報告する?」
「そうですね、報告は必要だと思いますが、そうですか……。これは、驚きでしかありません。今日は、皇太子妃様はどうされる予定ですか?」
「そうね、できれば、一人で静かにこの場所で勉強したいわ。あと数日で、ここも去らないといけないから」
私は明明に微笑みかけると、明明が少しだけ目を伏せた。その意味は分からなかったが、許可は得られそうだ。
「わかりました。では、のちほど、差し入れをお持ちします。差し出がましいことを申し上げても構いませんか?」
「えぇ、もちろんよ」
「皇太子様は、皇太子妃様に出て行ってほしくないんだと思います」
明明の言葉に、私は耳を疑った。




