第28話 ……晴れて他人
口から出てくる言葉は、刃物のようで、言ってはいけないと思いつつも、止められなかった。
「もう少しで期日です。その後は仮結婚していた二人は晴れて他人となります」
「……晴れて他人。桜妃も離れていくのか」
寂しそうに呟く皇太子へ私は返事をすることはできなかった。私の契約は、一月。その間に、皇太子が未来の皇帝になるべく、自覚を持たせることが、私の雇われた理由であった。この一月の間、その資質は十分にあったことを私は知ったので、その報告書を宰相に提出することで、この仕事は終わりとなるだろう。
「そのあとは、もう、この後宮に留まることはしないのか?」
「えっ?」
「ここに留まってもいいと言っている。そのまま、妻になればいいではないか? 屋敷へ戻るより、贅沢な暮らしも好きな本や武芸だってなんでもできる」
俯いていた皇太子は次第に私へ視線を移し、真剣な言葉を投げかけてくる。その言葉には、温かみがあり思わず頷いてしまいたくなった。ひと月とはいえ、仮初めの夫婦として、傍で皇太子を見守ってきたのだから、情も移っている。
私はまぶたを閉じ、首を横に振った。私は私がいるべき場所へ戻る時間である。ここには、私とは別の女性が収まり、皇太子を支えるべきだろう。
「桜妃」
「ダメです、殿下。私には私のいるべき場所、やるべきことがあります。このひと月、殿下と過ごしたことで、そのことがよくわかりました」
「どうしても、妻にはなってくれないのか?」
「えぇ、私では、殿下のためにはなりません。殿下の傍はとても居心地がいいです。甘えていれば、世のすべてを手に入れることも可能でしょう」
「そうだ。桜妃が望むものなら、何でも手に入れられる。綺麗な絹も……」
「私は、それを望んでいません」
瞼をゆっくり開くと、泣き出しそうな表情を必死に隠している皇太子が目の前にいた。目は訴えかけ、言葉で私を諭そうとするが、私の心も固かった。
……情が移っただけだもの。私ではなく、本当に支えられる人がいるはずよ。
辛そうに見える皇太子に微笑みかけ、「殿下なら、大丈夫です」と伝えると、物わかりのいい皇太子は諦めてくれたようだ。この国の皇太子ともなれば、本来、何でも手に入る。ほしいと言えば、この世の中のものすべてが。
でも、彼が本当に欲しかったものは、そんなものではなかったことをこのひと月でわかった。
「殿下、本当に欲しいものがあるのなら、どんなに拒まれても、自分から手を差し伸べるべきです。微笑みかけるべきです。もしかしたら、殿下の気持ちに応えてくれるかもしれないではないですか?」
「……それを桜妃がいうのか? 今、桜妃が欲しいと説得して、失敗したばかりだぞ?」
「私は別として、殿下が欲しいものは、兄弟の絆が欲しいのですよね?」
「…………それは、そうだが」
「この場所が、どんな場所か、貴族の娘として生まれたなら、少しはわかります。目に見える綺麗なものばかりではなく、醜悪な側面があるのは、このひと月だけでも感じていました。だからこそ、殿下は兄弟の絆を手にしたいのでしょ? それが、未来でも、強固に繋がるようにと考えている。お話なされてはいかがですか?」
私の話に耳を傾け、静かに聞いてくれている。難しい話をしているのはわかっているが、目指したい理想があるなら、皇太子自身がつかみ取るしかない。欲しい未来は、誰かから与えられるものではないと、私も皇太子もこのひと月の間の論議ではっきりと知ったのだから、行動をするかどうかは、皇太子に委ねられた。




