第25話 ボンクラを演じていた
「何も」と呟く皇太子には、何かを隠しているようだった。高位の官吏になれば、感情を隠すものが多いが、皇太子はさらに上手なはずで、その呟きが気になった。
私が何かを感じたのは、気がついてほしいと、皇太子が願ったからだろう。私は皇太子のことをよく知らないので、何も答えることができない。「そうですか」と答える以外に何もなかった。話題を変えるために兄弟の話をしてみることにした。
「殿下は、ご兄弟とは仲がよいのですか?」
「昔ほどではない。それぞれに立場もあるし、派閥があるからな」
「確かにそうですね」
それ以上は、口を挟むべきではないのだろうと考えたとき、「昔はよかったんだ」と、また思い出を呟くように言葉にした。
「派閥なんて関係なく、たくさん、兄弟たちとも遊べたから。特に蔣とは」
「第三皇子ですか?」
「あぁ、そうだ。アレは、特別だ。今じゃ、思春期真っただ中なのか、呼んでもくれない」
ふぅと一息入れたあと、皇太子は私へ視線を送ってくる。懐かしむ心の内を吐露できる人が、この後宮にはいないのだろう。私は見つめ返し、何も言わずに手を握った。最初は白魚のような手だと感じたが、意外にもところどころにタコがある。剣を握る場所、筆を握る場所。
皇太子は努力を外に見せない形で、自分に課せられた使命と向き合ってきたようだった。
「一緒に勉強をいたしましょう。1人では難しくとも、2人なら、解ける問題もあるかと。私、市井では先生と呼ばれていますから、じっくり二十七日間をかけて、教本に沿って教えて差し上げますわ!」
「何故、二七日なのだ?」
「……それは、その日が過ぎればわかります。今は一緒に」
諦めたように皇太子は「あぁ」と返事をする。その返事のとおり、次の日からは鳳凰宮での勉強が始まった。
私は、次の日から、皇太子がボンクラを演じていただけだと、思い知らされることになる。逆に私が教えられることも多く、わからなかったことも、私の中へ吸収されていく。
「……どこで学んだのですか? 宰相様は、遊んでばかりだと言ってましたけど」
「確かに遊んでばかりだったかな。誰にも知られない本ばかりがある部屋があるんだ。かなり古い本が大量に置いてある誰も入ってこないような場所が」
「そんな場所、皇太子である人が行く場所ではないのではないですか?」
「まぁ、そうなんだけど、鍵がここにあるんだよな」
胸の内から出してきた鍵を見れば、かなり年季の入ったものであった。それを私に見せてくれ、「一緒に行かないか?」と誘ってくれた。私は、教本と見比べ、皇太子のその誘いに乗ることにした。




