第24話 逃げないから
……私の手の方が荒れていてガサガサ。皇太子は、本当に大切に育てられているようね。
その手をそっと払いのけニコリと笑う。慰めたつもりの彼は、いぶかしむのと同時に払いのけられた手をまじまじと見ていた。私の手が荒れていたことに、驚いたようでもある。
いつか、この人に上奏できる立場になりたい。私の力では無理でも……。
払いのけた彼の手を今度は両手でしっかりと握り返す。甘い恋慕からでは決してない。ギュっと握ってどんどん力を込めていく。何が起こったか分からず戸惑っていた皇太子だったが、悟ったようで、今度は逃げようとするが、武で名を馳せている私「芳桜妃」が、簡単に獲物を逃がすわけがない。
「さぁ、かくれんぼの時間は終わりです。捕まえましたよ? 皇太子殿下。私と一緒に楽しい勉学に勤めましょう。いつか立派な皇帝陛下になるのですから」
皇太子の苦虫を噛み潰したような表情は実に愉快であった。皇太子であることに私が気が付いているとは思っていたが、か弱い令嬢なら捕まったとしても逃げられるとでも思っていたようだ。そうは問屋が卸さない。捕まえたからには、大人しく勉強をしてもらう。
「何故わかった?」
「そんなこと、簡単です」
「どういうことだ?」
「ここがどこだと思っているのですか?」
「……皇太子の後宮」
「そういうことですね」とにっこり笑うと、浅はかだったと思い直す。後宮に入ってきた宮女は一人一人を自身の目で確認しているらしい。その中でも、私は、今回、皇太子妃として迎え入れられたことで、興味があったのだそうだ。
「……誰かからの刺客ではなさそうだが」
「誰の刺客でもありませんよ。しいて言うなら」
「言うなら?」
「殿下もよく知る人物ですよ」
「……宰相か。何か怪しい動きをしているとは思っていたが、妃を送ってくるとは」
大きなため息と握られた手を見つめていた。放してもいいと思うが、皇太子の手を握ったままであった。
「……逃げないから、そろそろ放してくれ」
「わかりました」
私は皇太子から手を放し、茶器に手を伸ばす。話をしているうちに、すっかり冷えてしまったが、寒い時期ではないのでいいだろう。皇太子にも用意し、二人で冷たくなったお茶を一口ずつ飲んだ。
……何を考えているのかしら?
お茶を飲みながら一点を見ている皇太子の視線の先を同じように目で追う。それは、どこかを見ているのではなく、何も見ていないことに気が付いた。
「殿下?」
「なんだ?」
「どこも見ていないですよね?」
「……よくわかったな」
「なんとなく、勘です。殿下は皇宮が嫌いですか?」
「そんなことはない。不自由なく暮らせることがなによりだ」
私はうなずき、「何を心配していますか?」と問うた。その質問には、とても驚いていて、皇太子は言葉を失ったようだった。




