第23話 悲しい別れがあったとしても
茶器を机に置き、もう一度、彼を見る。私に注がれる視線は、先ほどと変わらない。
「……私の夢は官吏になってなるべく多くの人の涙を減らすこと。私ができなかったとしても、私の心を託せる人を育てることよ。飢饉、災害だけでも民は生きていくのも大変で、泣いている暇すらない。悲しい別れがあったとしても、その日を生き抜くためにみな涙を隠し心で泣いていた。そんな涙を少しでも減らしたいの。知っていて?」
「何を?」
「この国の地方官吏の一部には、汚職に手を染めている者がいる。私の父も見逃せずに手を打てば、減俸されてしまったわ。お金が欲しいわけではないけど、太傅である父は、今もなお、もらった俸禄のほとんどを復興に手間取っている領地へ送っているのだから」
眉をひそめる彼は、この事情を知っているのだろう。芳家の事情は知らなかったとしても、私の父が誰であって、どこの領地へ俸禄を送っているのかを分かっている。
「……たしか、あの災害に対しては、十分な金額の支援が、国からあったのではないか? 芳太傅に払われたはずだ」
「そう、国の記録には、そのように記されていた。実際、私たちの領地へ送られ、手元に来たのは、勅書に書かれていた半分にも満たない金と穀物だった」
「なっ! そんなことはありえない!」
「ありえるのよ! 実際、その場で支援品を管理していたのは、私と私の父だった。私たちを疑うなら、それでも構わないわ。私たちの今の生活を見ても、そのように言えるのであればね」
私を見て、彼は驚愕していた。あの飢饉は疫病も含め、悪いことが連鎖してしまった。そのうえで、援助されるべきものがされない人災まで重なってしまったことにより、今も復興が終わりきらずにいる。あれから月日は流れているが、別の災害が起こり、さらには人手不足でままならない状況でもあった。徐々に領地全土が回復しつつあるが、それは、父が一人で領地を支え続けているからであった。
「数年に渡り、私たちの領地への支援をした勅令はあるのに。一昨年なんて、家畜も食べないような穀物が来たわ! 領地が受け取るはずの穀物は、一体どこへ行ってしまったのでしょうね?」
そっと瞼を閉じて俯いた。毎年、国からの支援品として賜るものは本当に少ない。飢饉で人が減ったため手間取っている復興への人手の支援もなかった。復興には、金、人、モノが必要であるにも関わらず、届かない支援に、私たちの領地までの街道にある領地を疑った。そこで、発覚した汚職も、誰かによって握りつぶされてしまった。太傅である父の告発であったにも関わらずだ。
「十年もの期間、父が訴えても変わらなかった。だから、私が……」
ぎゅっと手を握る。きつく握りすぎて白くなっているうえに爪が手のひらに食い込んでいく。その上からなんの苦労もない白魚のような綺麗な手が重なった。




