第21話 小さい頃からコツコツと
後宮の中でも仕切られたこの場所では、皇帝の妃たちに会うことはない。皇太子のための後宮。今は一人もいない妃。主のいない場所に、仮初の主として私が住み始めたことを知らない皇太子ではないだろう。
「少し一人にしてくれるかしら?」
東屋で明明にお茶の準備を整えてもらった後、一人で休息する。明明が遠ざかっていくのを見送り、隠していた大学の書を広げた。東屋は風がよく通り、庭に咲く花々の香りが私に届いてきた。花の香りを楽しみながら、明明に用意してもらったお茶に口をつけようとしたとき、読んでいた大学に影ができる。
「……大学? 女子が読むには難しい教本だな」
声の主の無遠慮な物言いに、私は思わず睨むと苦笑いをしながら、空いている席に腰掛ける。対面に座ると思っていたら私の隣に座ってきたので、右の腕が当たっていた。わざとらしいそのしぐさに、私はちらりと隣に座った彼を見上げた。
整った顔に視線を落としているので長いまつげが影を落としている。じっと見つめながら、彼の本を読むために目を上下させているのを観察する。
……へぇ、大学が読めるのね? 当たり前と言えば当たり前か、皇子教育には欠かせないものだもの。私は、これを読めるようになるのに、時間がかかったし、理解するのにも結構な日にちを要したのよね。
でも、この人……、もうわかっているのね。少し読めば、ここに何の書かわかるくらい、本をたくさん読んでいるのに、何故、この人は遊んでばかりいるの? それにしたって……。
しっかり見つめていたせいで、彼は視線に気が付いたらしく、柔和な笑みを浮かべこちらを見つめ返してきた。明明が汲んでくれたお茶を私から取り上げ、最初から自分のために用意された飲み物のように飲み始めた。見つめていた私も悪いが、勝手に取り上げて優雅にお茶を飲んでいる姿が腹立たしい。
彼が全体的に柔らかい雰囲気に見えるのは、全体的に色素が薄いせいだろう。母親の皇后は西国の血が混ざっているらしく、髪や目などに茶色い色素を持つ皇太子の容姿は、この国では非常に珍しい。その容姿のせいで、笑みを浮かべれば、人当たりのよさそうな柔らかい性格に見えるのだ。
まったくもってずるい神からの支給品だと、私は彼からカップを取り返す。名残惜しそうに、カップを見送っている皇太子に、さっきの返事をすることにした。
「大学は、難しくはありませんよ? 小さい頃からコツコツと勉強をしてきましたから、この本に書かれていることを私なりに理解しているつもりです」
少し驚いたような表情の後、「それは素晴らしい!」と、明らかに嬉しそうにしているのが印象的であった。




