第19話 ……桃?
「お先に失礼いたします」と牡丹宮を後にする。明明が静かに扉を閉めてくれ、私は元来た道を何事もなかったかのように歩き始めた。後ろには明明と三名の侍女が、私の歩く速さに苦戦することなくついてくる。
皇太子の後宮への入り口が見え、さらに足早に歩を進め、逃げ帰るように鳳凰宮へと一直線に向かう。
鳳凰宮の扉を閉めてもらい、明明と二人の侍女が部屋に入り、あとの一人はお茶の用意へ向かったようだった。
はぁ……と盛大なため息をついて、椅子に座り込む。緊張と圧力に気の抜けない気持ちが一気にため息とともに出て行った。
「皇太子妃様」
「わかっている、わかっているわ。明明が言いたいことも」
「いえ、よく耐えられましたと、お褒めしてもよろしいですか?」
明明の意外な言葉に、ストレスによる重たくなった胃が軽くなった気がした。私は、バッと顔を上げて明明を見ると微笑んでいた。どうやら、及第点のお茶会だったようで、最大の試練を乗り越えられたらしい。
「……もちろんよ。お願いしたいくらいだわ!」
「ふふっ、それでは……」
お茶を取りに行っていた侍女が芳醇な甘い香りとともに部屋に入ってきた。私は、その香りに覚えがあった。
「……桃?」
「はい、皇太子妃様。さぞお疲れになられるだろうと思い、好物を取り寄せておきました」
「明明!」
「先にお食べくださいませ」
私はよく冷えた桃を口に運ぶと疲れが吹き飛ぶようであった。そんな私を見ながら、侍女たちも安心したように微笑みあっている。
「明明たちも食べて頂戴。こんなには、食べられないから」
桃をみなに分けて食べてもらうことにし、私は侍女たちも気をもんでいたのだろうというのが窺える。
表情が朝より明るいのは、桃のおかげだけではないだろう。
「皇太子妃様、よくぞ、貴妃様の嫌がらせに腹を立てることもなく、いられましたね?」
「……腹をたてる? 貴妃様って、確かに意地悪ではあるし、権力とかで下々のものを抑圧しているから、印象が良くないのもあるだろうけど、生粋のお嬢様だと考えれば、度の過ぎたわがままだわ。私は一応、皇太子妃という立場であるから、あまり強く出られなかったのかもしれないだけじゃないかしら? 皇后様が皇太子妃である私の後ろ盾になるのだから、歯向かわないようにとしているのでしょ?」
「……それもありますが、貴妃様の領地でとれるお茶の話も見事でございました」
明明に教えてもらったことではないことをサラッと言ったことで、感心したらしい。冬嵐との勉強で、いつだったか話をしたことがあり、たまたま知っていた知識を披露しただけだ。それが、今回、貴妃を喜ばせるきっかけとなったことは言うまでもなく、牡丹宮を出る直前に「困ったことがあったらいつでも私を訪ねてきなさい。力になるわ」と、他人に興味のない貴妃に言わせたのだ。皇后もそれには驚いていたようだったが、さすがに上手に隠していることを私は見逃さなかった。




