第18話 我が愚息とは、もう会ったかしら?
「面をあげなさい、皇太子妃」
「ありがとうございます。皇后様」
私は礼から解放され頭をあげると、菩薩のような優しい微笑みの皇后と阿修羅のような貴妃の顔があった。貴妃は今回の婚姻について、相当な反対をしていたらしく、私に対して、かなり冷たく当たってくると予想はしていたが、その表情を見れば、一目瞭然だ。
「芳家のご令嬢をこの後宮へ迎え入れられたこと、皇太子の妃としてふさわしい人物が来てくれたことを嬉しく思う」
「ありがたきお言葉でございます。私のようなものを皇太子妃として迎え入れてくださった皇后様や貴妃様には感謝してもしきれません。後宮は不慣れなため、至らぬこともありますが、ご指導いただければと存じます」
満足そうに頷く皇后とは相反して、私を睨みつける貴妃にも、私は微笑み返した。いくら怖い顔をされても、いくら脅しをかけられても、今日のご挨拶が終われば、私は、皇帝より皇太子の後宮から出ることは許されていない。元々雇われ皇太子妃なので、この挨拶すらしなくてもいいものだとは思うが、そういうわけにはいかないのが、女の世界なのだ。嫉妬が渦巻くこの世界に、まさか、私が身を置くことになるだなんて、誰が予想しただろうか。
「噂は耳に入っています。せいぜい、皇太子の足を引っ張らないでくださいませ。次の皇帝となる身に何かあれば、大変ですからね!」
貴妃は、私のことを窘めているように話すが、目が笑っていないので、思惑はこうだろう。『皇太子の足を散々引っ張ってちょうだい。あなたが、時世を読むのなら、仲良くしましょう!』というふうだ。私は、微笑むだけにし、皇太子の母でもある皇后の方に目をやる。貴妃と違い、年相応の落ち着いた装いに慈愛に満ちた微笑みが、私に母を思い出させる。
……お母様も生きていれば、皇后様のような人だったのかしらね。
少しの寂しさを隠し、促された席へと移動する。今日は私的なお茶会だということもあり、侍女たちの人数も限られている。
「このお茶は、とても美味しいです。これは、貴妃様のご実家の特産茶のように思いますが」
「まぁ! 年若いのに、我が領地のお茶の味がわかるなんて! 素晴らしいわ!」
二度と会うことがないという思いを隠し、貴妃を褒めてこの場をやり過ごすことだけを考えていた。このお茶会をつつがなく終わらせるには、貴妃の機嫌取りをしながら、皇后を気遣うようにするのが正解のように感じたので、私はうまくできているだろう。
街で、伊達に遊び回っているわけではない。こういった人間関係における最適解を得るための努力は惜しまない。
「ところで、皇太子妃」
「はい、皇后様」
「我が愚息とは、もう会ったかしら?」
一昨日、名目上は妃になったとはいえ、私は雇われ妃であるため、婚礼はもちろんしない。なので、皇太子妃の後宮であり、私の住まいでも鳳凰宮へ実際に皇太子が泊まりに来ることはない。むしろ、自身に偽妃がいることすら知らない可能性もあった。引き攣りそうな表情を柔らかくして、「まだ、お会いできていません」とだけ、小さく囁いた。




