第17話 皇太子妃芳桜妃がご挨拶いたします
明明の前を静かに歩く私は、すでに迷子になっている。明明が後ろから道順を言ってくれなければ、今、どこをどう歩いているのかもわからなかった。
……どうしてこんなに入り組んでいるのかしら。皇后様のお部屋に向かうだけで、どこがどうかなんて、わからないわ!
一人にされたら……鳳凰宮まで帰れない。
後ろに明明の気配をしっかりと感じながら、道案内に従い、牡丹宮と書かれた宮へと向かった。ここは、皇后専属の妃嬪を迎えてお茶をする別室となっている。新参者を自身の宮へ呼び寄せることも、ライバル関係である貴妃を部屋に入れることもしたくないのだろうと私は考えた。
ここへくる前、最後の講義だと、明明から皇后と貴妃の関係を聞いたが、良い関係ではないというのがわかる。表向きは、二人とも顔に微笑みを浮かべているらしいが、跡目争いを抱えているとのことだ。
子が多ければ、跡目争いも激しいでしょうし、寵愛云々も含め、ここ後宮という鳥かごは、激しい感情のうごめく場所である。実際、何人の妃嬪がこの世を去り、何人の皇子が生き残れるのかという話を聞いたことがあるが、この国ではそれなりに均衡がとれている。虎視眈々と子の皇位を願う妃嬪は……貴妃はいるが、表立って貴妃に歯向かうものはいないので、波風は立ちにくかったりする。
「……憂鬱」
「芳皇太子様、お口を」
「……ごめんなさい。もうすぐ着くのでしたね」
「はい。言葉に気をつけてくださいませ」
明明に注意され、私は気を引き締める。「こちらになります」と明明が少し前に立ち、その場にいた侍女に取次を頼むと、中から慈愛に満ちた柔らかい声が聞こえてきた。中に通され、しずしずと二人の着飾った婦人の前まで頭を上げずに向かう。ここには、私と明明の二人だけが入室の許可が下りた。
「皇后娘娘のお呼びにより、皇太子妃芳桜妃がご挨拶いたします」
私は、下げていた頭をさらに下げると、くすっという笑い声が聞こえてくる。平常心を保たなければと、緊張で強張る体を落ち着かせる。
目だけを少し上げると、豪奢な靴が見える。真珠があしらわれているそれは、とても高価なものであることが一目でわかる。はっきりとした色合いであるそれは、派手好きな貴妃のものだろう。
「皇后様に挨拶するのに、私にはないのかしら? 皇太子妃」
「ご挨拶が遅れてしまい、大変申し訳ありません、貴妃様」
「貴妃、皇太子妃をそういじめるでないわ」
「皇后様! こういったことは、最初の教育が大切なのです」
小さなことに目くじらを立てる貴妃に、私はため息をつきそうになる。この国の大夫の子である貴妃は、皇帝に嫁ぐ前は、花よ蝶よととても可愛がられ、第二皇子を生んでからは、権力に固執していると聞いている。この後宮の主である皇后には逆らわずにいるが、その座を虎視眈々と狙い、いつも自分より身分の低い妃や侍女、宮女などをかんしゃくひとつでなぶり殺してしまうこともあるとか。そんな貴妃に関わりを持つなんて、背筋が凍るようだ。




