第16話 濁すことも大切ね!
「め、明明……どうかしら?」
「とてもよろしいかと!」
入内2日目の夜、明明の厳しい指導の元、完璧にとまではいかずとも、皇后や貴妃の前に立てる及第点を明明にもらえた。
体力には自信があった私も、さすがに疲れて椅子にへたり込む。
「皇太子妃様、そのお姿は……」
「少しだけ許してちょうだい。ずっと張り詰めていたのよ」
椅子の肘掛けにもたれかかりだらけると、明明は「今回だけですよ」と目溢しをしてくれた。
歩き方の指導から始まり、挨拶や座り方、お茶の飲み方、ご挨拶で想定されるものは全てやり切った。あとは、明日の本番で、少しでも変な動きをしないことを願うしかない。
「話題はどうしたらいいかしら?」
「皇后様がご用意してくださるようなので、それに応えればいいかと」
「意地悪な質問はされないかしら?」
「皇后様は大丈夫ですが、もしかすると……」
明明はそのあとに続く名前を言わずにいる。私は悟ったので、「あぁ」とだけ呟き、明日に備えるために眠ることにした。
「明日は、頑張ってください」
「そうね。仮にも皇太子妃ですもの、あなたたちが恥ずかしい思いをしないですむようにするわ!」
「それと、お茶には気をつけてくださいね?」
「口は災いの元。真実をいうことをさける、濁すことも大切ね!」
明明がうなずき、「明日の準備は時間がかかるから早く寝てください」と促してくるので、言葉に甘えることにした。
布団をかけて出ていく明明を見送り、まだ、これから彼女の仕事をするのだろうと考えた。
二日かけて後宮での行儀作法を覚えたのち、皇帝の妃賓に挨拶をする。後宮に入って数刻で、すでにウンザリしていた。見知らぬ宮女、見知らぬ場所で、見知らぬ教えを詰め込むことになって、でも、見捨てずに付き合ってくれた明明に応えないといけないとも思った。
……根気がいったでしょうね。明明が、もし、いなかったら、挨拶だけで失格の烙印を押されそうよね。
ここ2日間のことを考えた。厳しい明明に、恐れをなしたことは、何度もあったが、それ以上に、明明の時間を拘束してしまったことに申し訳なさも感じている。
「明日、この二日の成果をきちんと出しきるしかないわ」
まぶたを閉じ、明日の挨拶を思い浮かべる。明明が想定してくれていたので、ある程度は想像できているが、不安がないかと言われれば、そうでもない。
たかだかひと月の雇われ妃とはいえ、私にもお金に似合った仕事をしないといけない。
「完璧にとはいかなくても、お給金の分はしっかりはたらかな……い……と……」
昨日も明け方まで特訓をしていたので、疲れていたらしく、そのまま深い眠りについた。
夢を見た。
誰だかわからないが、黒髪に黒曜石のような瞳が、私を見つめている。
大きな手が頭を撫でた瞬間、目が覚めた。




