第10話 いってきます!
ふと、胸に幼いころのことがよぎる。また、泣き虫三々のことだ。しゃがみこんで、泣きじゃくる三々の背中をさすりながら、「大丈夫だよ」と消え入りそうな声で自分にも言い聞かせていた気がする。
……あの日、なんで泣いていたんだっけ?
年上の三々が、「ごめんね」と言いながら泣いていた。私も泣いていた記憶があるのに、理由は曖昧で思い出せない。ただ、悲しくて泣いていたわけではなく、私は、泣きじゃくる三々につられて、泣いていた気がする。
幼いころの記憶は、母と妹が亡くなったことで、心に蓋をしてしまった部分も多く曖昧であった。三々のことだって、あんなに仲が良かったのに、すっかり忘れていたくらいだ。
それに、三々のことを知っているのは、私一人であった。連珠には、三々の話をしたことがあるが、実際、会わせたことはなかった。それは、例に漏れず、私が屋敷を抜け出して、一人でぶらついていたから。
三々も同じく、いつも一人で出歩いていたので、彼女の周りでも、私との関係を知る者はいないだろう。
約束をするわけでもなく、なんとなく向かう先に三々がいて、いつも優しく手を振って迎え入れてくれていた。儚げで、母や妹のように、いつか消えてしまうのではないかと、心配したこともあったが、彼女の握った手は温かく、その涙はとても美しかった。
「あぁ、来たか。桜妃」
「お父様、今日からひと月の間、留守にします」
「……桜妃よ、苦労をさせるな」
「本当ですよ! あれほど、皇族との関係を持たないようにと、苦心していたのに、結局、お仕事とはいえ、皇太子妃ですよ?」
「すまない。本当にすまない」
謝る父の肩を二度軽く叩くと、俯いていた父も私の方を見てくれる。
大男で精悍な人だったのに、苦労しているのね。外では、そうは見せなくても、私の前では、疲れているように見えるわ。
「お父様、もう、謝らないでください。ずっと、妃でいるわけではありません。ひと月の間だけ、私は出仕するだけです。お父様と同じです。何も変わりませんから!」
「あぁ、そう言ってくれると、心が軽くなる」
「お父様、元気でお過ごしください。ひと月の間は、会えぬ規則ですので」
「わかっている」
私は父に抱きついた。会えない分の愛情をたっぷりと感じたいと思ってだ。父も感じてくれたのか、私を抱きしめてくれる。
「お嬢様、そろそろ出発の準備をなさってください」
連珠が、申し訳なさそうに話しかけてくる。親子の離別を邪魔するつもりはないが、時間が迫っているのだろう。
「いってきます!」
父から離れ、元気に別れの挨拶をする。永遠の別れではないので、あまり感傷的にならないようにと努めた。




