第一話 〜二人の日常〜
第一節 小さな変化
乱狂山から帰ってくると、辺りはすっかり暗くなっていた
「ただいま」
そう呟きながら玄関に入る太陽は、その光景に驚きを隠せずにいた
そこには出迎えなど一度もした事のない桜咲さんが、じっと立っていたからだ…
〝あり得ない…〟そんな感情が太陽を飲み込んでいく
次第に視界はぼやけ、桜咲さんと叔父さん夫婦の面影が重なり、虐待されていた〝あの日の光景〟が頭をよぎる
そんな〝驚き〟と〝恐怖〟で動けなくなった太陽に、桜咲さんはゆっくり駆け寄ると優しく抱きしめた
「帰りが遅くて心配したんやぞ」
そう弱々しい声で桜咲さんは呟く
虐待された記憶から体が一瞬ビクついたが、その予想してなかった唐突な言葉に、太陽の思考は停止した
しかしすぐ落ち着きを取り戻すと太陽は
「ごめんなさい、、、遅くなって」
と小さな声で答える
それを聞いた桜咲さんは太陽の目を見て、ゆっくりと口を開いた
「本当に心配したんやぞ、太陽の部屋で〝遺書〟を見つけたから・・・」
それを聞いた瞬間、太陽は自分で書いた〝遺書〟の事を思い出す
「そ、それは、、、本当にごめんなさい
心配おかけしました」
と、咄嗟に頭を下げながら謝る太陽を見て、桜咲さんは
「いや、太陽が無事だったから良かったよ、、、
太陽の気持ちも分からず、これまで避けて来て、こちらこそごめんな
もっとこうして、話しといたら良かったと今更ながら思ったわ」
と太陽の頭を優しく撫でながら、真剣な顔で答える
そんな桜咲さんの姿は、どことなく寂しそうな表情をしていた
そんな表情を見ながら太陽は再び
「本当に心配かけて、、、ごめんなさい」
と小さく答えるのだった
玄関での会話を終えた後、太陽は自分の部屋に戻っていた
辺りを見渡し机の上にある〝封の開いた遺書〟を見つけると徐ろに手で取り、丸めてゴミ箱へと捨てる
その後は一階のリビングに向かい、テレビをつけると、さっきの桜咲さんの事への驚きが抜け切れてなかったのか、付いた画面をただ〝ぼー〟と眺めて過ごしていた
しばらくすると桜咲さんがリビングに入ってきて、いつものように晩ご飯の準備を始める音がする
いつもなら会話のない時間が過ぎるのだが、今日はいつもと違って
「太陽、今日は何か食べたいものあるか」
そう桜咲さんが問いかけてきたのだ
突然のことで驚きながらもとっさに
「・・・オム、ライス?」
と大好物を首を傾げながら、疑問を投げかけるような声で答える
そんな太陽の答えを聞いてニコリと笑うと
「了解、じゃあ今日はオムライスにしようか」
と桜咲さんは明るく返事を返した
それからほどなくして晩ご飯が出来上がった
ご飯の内容は太陽の注文通り〝オムライス〟だった
いつものように桜咲さんが準備を終えると
「いただきます」
と二人で揃って挨拶をする
食事を終えて皿を洗い終えると桜咲さんが
「この後、少し話をしないか」
と呟くように問いかけてくる
それに対して太陽は
「はい、分かりました」
とだけ答えるのだった
身の回りの事を済ませ終えると、二人で隣の仏壇がある部屋に移動した
部屋に着くと仏壇に飾られた〝両親の写真〟を見ながら、桜咲さんが鈴を一つ鳴らし手を合わせる
それからゆっくりと太陽の方に向きを変えると
「えーと、何から話そうか」
と少し緊張したような雰囲気で頭を掻いている
太陽はその姿が何処となく可笑しくて
「ぷ、あははは、なんで緊張してるんですか」
と涙を浮かべながら笑った
太陽がこんなに笑うのは〝いつぶりだろうか〟そう思えるほど、久しぶりに心から笑っている気がする
そんな太陽をみながら呆気に取られた桜咲さんは
「あはは、そうだよな、何を緊張してたんだか」
と呟いた
その姿を見ながら笑いが収まってきたのか
「そうですよ本当に」
と太陽が答える
「よし、それじゃ、今日はこれまで話せなかった分語り合うとしようや」
と明るく優しい笑顔で桜咲さんが言った事に軽く頷くと、太陽は学校での雪や雪の事を含めて、これまでの事を沢山話した
それと一緒に今日帰ってくるまでに起きた〝乱狂山での不思議な経験〟も面白おかしく話をした
桜咲さんはそんな太陽の話に相槌を打ちながらも、しっかり話を聞いて時には笑ったり、泣いたりしていた
そんな温かい桜咲さんの温もりに触れて、太陽はこれまでの重荷がスッと軽くなるのを感じた
その日は結局、夜通し語り合った
もちろん太陽の話を聞くだけでなく、桜咲さんも仕事の愚痴や、太陽との生活を始めてからの三年ちょいの、暮らしの変化や戸惑いなどを語り合っていた…
目が覚めると窓から朝日が差していた
いつの間にか二人で寝てしまったようだ…
太陽は起き上がりながらフラフラと仏間を後にすると、顔を洗う為に洗面台へと向かう
洗面台で顔を洗い終えた後は、淡々と日課を済ませていく
しばらくして、いつもの掃除を終えると
「ふぅ、今日も終わったな」
と一息つき朝風呂で汗を流した
同じように七時過ぎぐらいに、眠たそうな表情で桜咲さんが仏間から出てくると洗面台で顔を洗い、朝食の用意を始めた
太陽は今日も
「桜咲さんいつもありがとう」
と毎日と変わらず、作ってくれるお礼を伝える
いつもなら返事は特にないのだが今日は
「気にすんな、もうすぐ出来るから待ってろよ」
と桜咲さんから返事が返ってきた
この時初めて太陽は、昨日あった一連の出来事が〝本当の事〟だったと実感する
それから桜咲さんが準備を終えると、やはりいつものように
「いただきます」
と二人そろって朝食を食べ始めた
太陽はいつもより早くご飯を食べ終えると
「ご馳走さま」
と元気よく答えて早々に食器を洗い、学校に行く支度を済ませる
玄関で靴を履き終えると少し、いつもより大きめの声で
「行ってきます」
と元気よく挨拶をした
すると奥のリビングから桜咲さんが出てきて
「行ってらっしゃい」
と明るく笑顔で返してくれた
それを見た太陽は昔の両親の面影が、桜咲さんと重なりとても晴れやかな、清々しい気持ちでいっぱいになるのだった
そんな思いを胸に太陽は、手を振る桜咲さんに笑顔で返事を返すと学校に登校するのだった




