第六話 〜死の恐怖〜
第四節 太陽の覚悟
「ケラケラケラケラ」
と不気味な目覚ましが鳴り響く音で目が覚めた
いつも通りの朝である
昨日の事は覚えているが、習慣化した朝の流れに逆らうことが出来ずに、太陽は支度を終えるとテキパキと掃除をし始めた
ただ今日は何となく、いつもよりも丁寧に自分の部屋を掃除していた
自分の部屋を終えると、父の書斎だった和室へと向かう
最後の日になるからだろうか、やはりその部屋も丁寧に掃除をしている
そうしていつも通り掃除を終えると、朝風呂に入り汗を流した
汗を流し終えて居間に向かうと
起きてきた桜咲さんが朝食を用意していた
「桜咲さんいつもありがとう」
といつものように言うが、やはり返事はない
それでも太陽はいつにも無く、気持ちを込めて伝えている
それから少しして桜咲さんが、朝ご飯の準備を終えたので
「いただきます」
と二人そろって言ってから食べ始めた
やっぱり二人で食事する時間は、なんとなく新鮮でとても落ち着くようだ
いつものようにご飯を食べ終えるとそれぞれに
「ご馳走さま」
と挨拶をしてから食器を自分達で洗う
そのタイミングで〝そうだ〟と思いつくように桜咲さんに
「今日少し出かけてきます」
と伝える
まだ食事中だった桜咲さんは少し驚いた表情の後〝了解〟と言うように一瞬穏やかの顔を見せ、また食事を始めた
太陽は皿を洗い終え自分の部屋に戻ると、机の中にしまった遺書を部屋の真ん中に置いてあるテーブルに置いた
それから昨日使っていた山登りの支度を、少し整理して〝いよいよ死にに行く準備〟を完了した
準備を終えて玄関で
「行ってきます」
と〝これで最後〟の挨拶を終えてから、乱狂山へと向かった
やはり昨日と同じく、思っていた以上に早く山には着いた
山の麓まで来ると、昨日と同じように山の中に入る
やはりそこには一本の山道が続いていた
そこをただひたすらに登っていると、やはり昨日と同じように道が開けていく
もうそれにすら驚かなくなったが、不思議な事には変わりない
それからしばらくして昨日きた〝あの場所〟へとたどり着いた
「やっと着いたー
やっぱり山登りは疲れるな〜」
そう溢しながら岩の近くに荷物を置き一息つく
その瞬間とても心地の良い風が吹き抜けた
それを感じながら、あれだけ不思議で危険な山で恐れられている割には、この場所は不気味な程〝とても空気が澄んでいて美しい〟と太陽には感じた
そんな場所のせいか穏やかな気持ちになって、しばらくはそこから動けずに休憩している
ただ、このままズルズルと休んでいると、なんとなくダメな気がしたようで
「よし」
と頬を両手で叩きながら気合いを入れ直す
そうして、やっと死ぬ為に重い腰を上げた
それから太陽は立ち上がるとまず始めに深く深呼吸をして、気持ちを整理する
「い、いよいよ、この崖から、、、
飛び、、降りる」
そう言い聞かせるように呟くと、崖のすぐ目の前まで行き足を揃えて立った
崖の下は底が見えない分、まるで吸い込まれそうになる
そんな崖の底を見ながら唾を飲み込む
「い、いよいよ、、、だな」
そう呟き飛び降りようと足を動かした
しかし数センチ動かした所でそれ以降、次の一歩が踏み出せ無くなった
昨日遺書を書き終えた時は、なんの未練も無くすぐにでも死ねそうな勢いだったのに、、、
いざ崖の前に立つと足が竦みなかなか、その一歩が踏み出せなかった…
しばらく崖の前にいたが、その崖を見つめ続ける間に〝死ぬのが怖く〟なっていた
それ以降足はピクリとも動かなくなった
これでは死ね無い事を分かっていた太陽は今一度〝自殺する覚悟〟を決める為、ひとまず荷物を置いた岩の前に戻る事にした
「なんでだ、あれだけ死ぬ覚悟は出来ていたのに、ここに来て、死が怖いとでも言うのか
生きていても地獄のこの世界に、まだ未練があるとでも…」
そう死ねない自分を責めるように溢した言葉は、自分の思いとは裏腹にとても震えていた
気づけば声だけでは無く全身が〝死への恐怖〟で無意識のうちに震えていた
〝死が怖い〟
その人に備わった当たり前の本能は、例え死を決断した太陽にも消せなかったのだ
〝自殺〟の二文字は言葉にして出すのは簡単だけど、いざ自分がそれを実行するとなると、なかなかに勇気がいるものらしい
「あれだけ覚悟してたのにな…」
そう呟く太陽は膝を抱えてうずくまりながら、自分の覚悟が〝この程度のもの〟だった事が、言葉で言い表せない気持ちへと変わっていた
この時、完全に〝死ぬ事への恐怖〟が心の全てを支配した太陽にとって〝自殺〟は無謀とも言えるほど、簡単に出来るものでは無くなっていた
しばらく言葉で言い表せない気持ちを落ち着かせていたが、再び〝死ぬ覚悟〟を決めて崖の前に立った
しかし〝本能〟と一度覚えた言葉にできない〝不安〟〝恐怖〟〝絶望〟と言った感情が完全に〝それ〟を拒否していた
案の定、崖のすぐ目の前で足が竦み、一切そこから動けなくなってしまった
恐怖で震えながら前に進もうとするが、それとは裏腹に体は本能のままに、正直に後ろへと倒れ込むように座り込んだ
「やっ、やっぱり、、、僕には死ぬなんて無理だ」
そう強く吐き捨ててしまった言葉が太陽にとって、自分の言葉にできない〝不安〟や〝恐怖〟により一層力を持たせてしまったのだった




