第１話 プロレス会場のハプニング
本編スタート！戦士達の活躍をご覧あれ！
8つの珠が地球とハルヴァスに飛ばされてから、1か月が経った。
地球には日本という国があり、その首都は東京だ。
東京の後楽園ホールでは、プロレス団体「DBW」の大会が開催されていた。
※
ホールは熱気に満ちていた。観客席から響く歓声が天井を震わせ、リング上の照明が汗と興奮を照らし出す。壁に貼られたポスターには、色鮮やかなコスチュームをまとったレスラーたちの姿が描かれ、今夜の試合を予告していた。この日は特に人気が高い6人タッグマッチが組まれ、会場は立ち見が出るほどの盛況ぶりだ。
「ここで増山のドロップキックが炸裂！ 藤重が吹っ飛んだ！」
リング上では6人タッグマッチが繰り広げられ、会場は大盛り上がりだった。DBW所属レスラーの増山信雄が、フリーレスラーの藤重元彦に鋭いドロップキックを放つ。足裏が藤重の胸板にクリーンヒットし、鈍い衝撃音が響き渡る。藤重は勢いよく後方へ吹っ飛び、受け身を取りながら仰向けにマットへ倒れた。観客が息を呑む中、増山は素早く藤重に覆いかぶさりフォールに入る。
「1！ 2！」
レフェリーがマットを叩いてカウントを進めたが、藤重が肩を上げて2カウントで返す。増山は一瞬だけ悔しそうな表情を浮かべると、すぐに立ち上がり、次の攻撃に移った。
（あの程度の単発攻撃では、スリーカウントを取れないな……）
南側最前列に座る男性は、試合の流れを冷静に分析しながら観戦していた。彼の視線はリング上の動きを一瞬たりとも逃さない。座席の硬い感触を背中に感じつつ、手元のプログラムを握り潰すほど力が入っている。
その男の名は東零夜。山口県出身のサラリーマンだが、プロレスラーを目指して日々奮闘している。昨年、あるプロレスラーの試合を目の当たりにしたことがきっかけで、彼の人生は大きく変わった。それ以来、リングに立つ夢を追い続けているのだ。
（こうなるとブレーンバスターかムーンサルトプレスあたりが来る可能性があるし、打撃技も威力のあるものが必要だろうな……）
零夜が内心で戦略を組み立てていると、リングに新たな動きが生まれた。増山の仲間である常磐圭吾が敵チームのグロリア斎藤に飛びかかり、空中で体を捻るダイブ攻撃を繰り出した。常磐の体が弧を描き、グロリアの肩口に激突すると、観客席から感嘆の声が上がる。さらに、ジェット原口が墨田浩一を豪快に持ち上げ、そのままボディスラムでマットに叩きつけた。リングが揺れ、衝撃音が会場全体に響き渡る。
「常磐と原口が援護！ 増山、止めを刺すのか!?」
実況の声が一層高ぶる中、増山は倒れた藤重に狙いを定めた。彼は藤重の腰に腕を回し、逆さに持ち上げると、後方へ力強く投げ落とす。藤重の背中がマットに叩きつけられ、鈍い音とともにリングが震えた。
「ブレーンバスターだ！ 今のは決まったぞ！」
「1！ 2！ 3！」
実況が叫ぶと同時にレフェリーがカウントを開始し、見事スリーカウントが成立した。増山、常磐、原口の三人が勝利を収め、観客席から割れんばかりの拍手と歓声が沸き起こる。
彼らは現6人タッグ王者であり、「アイアンハート」というユニットで活動している。リング上で互いに肩を叩き合い、勝利の余韻に浸っていた。
（見事としか言えないな。けど、俺の目的は次の試合だ！ あの二人が出るからな！）
零夜は王者たちの実力に舌を巻きつつも、心の中で次の試合への期待を膨らませていた。アイアンハートの試合が見事だったことは認めざるを得ないが、彼の本当の目的はこれから始まるカードだ。そう、彼が憧れる二人のレスラーが登場する瞬間を、今か今かと待ちわびていた。
前の試合の熱気が冷めやらぬ会場に、突如として軽快な音楽が鳴り響いた。青コーナーから二人の女性が姿を現す。スポットライトが彼女たちを照らし出し、観客席が一気に沸き立った。彼女たちこそ、零夜の人生を変えたプロレスラーだった。
（ついに来たか！ 俺の憧れのレスラー達が！）
零夜は彼女たちの登場に興奮を抑えきれず、思わずガッツポーズで迎えた。この瞬間をずっと待ち続けていたのだ。心臓が早鐘を打ち、プログラムを持った手が震えるほどだ。
1人は藍原倫子。DBW唯一の女子レスラーで、零夜の憧れの存在だ。先日、プロレスユニット「ダイナマイツ」を脱退したばかりで、その決断がファンや業界内で話題を呼んでいた。長い茶髪のウェーブで、鋭い眼光でリングを見つめる姿は、まるで戦場に立つ戦士のようだ。
もう1人は有原日和。アイドルグループ「WDG48」の現役メンバーであり、「東京BGP」に所属するアイドルレスラーでもある。ストレートの茶髪と愛らしい笑顔が特徴で、倫子とタッグチーム「ダブルエース」を組んでいる。彼女の登場に、アイドルファンの観客からは黄色い声援が飛び交った。
「青コーナー。ダブルエース、WDG48。有原日和！」
「「「日和ちゃーん！」」」
リングコールが響き、日和は満面の笑みで手を振って観客に応えた。アイドルとしての人気は絶大で、今大会が満員御礼となった理由の一端を担っている。彼女の動き一つ一つに、観客席から熱狂的な声が上がる。
「ダブルエース、京国のジャンヌ・ダルク。藍原倫子！」
倫子はコーナーに登り、両腕を高く上げて観客を煽った。彼女の堂々とした姿はまるで女神のようだが、本人はそんな称賛を苦笑いで否定するだろう。リングに降り立つと、鋭い視線で対戦相手のコーナーを睨みつける。
二人はリング中央に進み、両手で「A」のポーズを作った。これはダブルエースのトレードマークだが、零夜はその姿にふと違和感を覚えた。
（あれって、虹色のバングル？ この前のXの写真では付けてなかったのに）
倫子と日和の左手首には、虹色に輝くバングルが巻かれていた。バングルの中央には珠が半分浮き出ており、倫子の珠は青、日和の珠は黄色に輝いている。光を受けてキラキラと反射するその装飾は、試合用の派手なコスチュームとは明らかに異質な存在感を放っていた。
（そう言えば俺も同じバングルを付けていたからな……心当たりは無いけど……）
零夜は自分の右手首に目を落とした。そこにも似たような虹色のバングルがあり、黒い珠が嵌まっている。今朝目覚めた時、いつの間にか腕に巻かれていて、引っ張っても叩いても外れず、仕方なくそのままにしていたのだ。奇妙な符合に首を傾げつつも、今は試合に集中するべきだと自分を戒めた。
（今は試合に集中しないとな。相手は変態の奴等だから……）
気持ちを切り替え、零夜はリング上の倫子たちに視線を戻した。対戦相手は「ファンキーズ」という変態集団で知られるチームだ。彼らは奇抜な衣装と下品なパフォーマンスで観客を挑発し、団体を混乱に陥れる危険性があると噂されていた。この試合も波乱が予想され、零夜は目を離さず見届けるつもりだった。
その瞬間、リング中央に突如として黒い渦のようなワープホールが出現した。空気が歪み、低い唸り声のような音が会場を包む。観客席が一瞬静まり返り、すぐにざわつきが広がった。
「何だあれ!?」
観客が立ち上がり、全員の目がワープホールに注がれた。零夜は背筋に冷たいものを感じ、危険を察してリングへと駆け寄った。柵を乗り越え、倫子と日和に向かって叫ぶ。
「倫子さん！ 日和さん！ 危険です！ すぐにリングから降りてください！」
「えっ？ 何や？」
「降りましょう！ 嫌な予感がします！」
倫子が戸惑う中、日和が慌てて彼女の手を引き、二人はリングから飛び降りた。直後、ワープホールから五人の男が姿を現し、横一列に並んで観客席に向かって一礼した。彼らは黒と赤の装束に身を包み、鋭い目つきで獲物を狙うように会場を見渡す。
「皆様。我々はハルヴァスから来た魔王軍『悪鬼』と申します。この世界を侵略しに来ました」
悪鬼のリーダーが深々と頭を下げながら発した言葉に、観客は突然の事態に呆然とした。現実離れした宣言に、笑いものかと疑う声も上がるが、彼らの殺気に満ちた雰囲気は冗談ではないことを物語っていた。
「さて、計画を実行するとしよう」
「まずは地球人への見せしめとして、ここにいる全員を殺しましょう。皆様、覚悟を！」
悪鬼が一斉に観客席へと襲いかかり、後楽園ホールは瞬く間に混乱と悲鳴に包まれた。零夜は倫子と日和を庇うように立ち、黒い珠が光を放つバングルを握り締めた。この戦いの先に何が待つのか、彼にはまだ知る由もなかった。
悲劇の展開が発生しようとしています。果たしてどうなるのか……
