第1話
◆朝
「起きて!勇者様!」
広がる視界。
寝ている俺に馬乗りの制服姿の女の姿。
やれやれ、勇者様と呼ぶのは辞めて欲しい。
ここは異世界なのだから。
この世界には勇者なんて職業は存在しない。偉いのは総理大臣や社長様だ。
「おはよう・・・」身体を起こす。
「いよいよ今日から私たち、高校生、ですね」
「うん」
「勇者様。今は何時か、分かります?」
「へ?」
部屋の時計を見る。鳩が飛び出し、ポッポと10回鳴いた。
10時を過ぎている。
冷静に分析する。
「これは、遅刻、というやつか?」
「ええ。間違いなく遅刻です」
「のんびりはしていられないな」
指を振り、少量の魔力を消費した。
その身なりを一瞬にして整えた。魔法を使ったのだ。ボサボサの髪は整えられて、スキンケアも抜群。パジャマ姿から、制服姿に。
ブレザーというものを身に纏った。
学校というものは、これを着て軍隊のように組織感を出す。生徒たちの統一感を図るのだ。
「さて、行くか」
「行きましょう、勇者様」
「おい、コッチの世界では、その呼び方禁止だ。敬語も禁止!」
高校1年生の春が始まる。
今年はそう、魔王復活の年である。
◆通学路
俺たちがこの世界に転生して来て、17年。
・・・もうすぐ、その時が来る。
この世界に逃げ出した魔王の目覚めだ。
あの日。魔王討伐の日・・・。
ヤツの魔力を奪い去り、一度は瀕死まで追い詰めた。トドメを刺そうとした瞬間、奴の側近が転生術を使った。
魔王の魂は飛んでいったのだ。この世界に。やつもまた、俺たちと同じくこの世界に普通の人間として存在している。
俺たちと同じく、17歳のはずだ。
「ユウキ様。加速魔法を使いますか?」
学校までの道のりを並んで歩く女の名前は福祉柊木。
魔王討伐メンバーの回復役だ。彼女もまた、俺と覚悟を共にし、この世界に転生して来た。
「極力、魔法を使っているところは見せたくないからな・・・基本的に外で魔法は使わない」
「そうですか」
「ところで、賢人は?」
「もちろん彼は時間通りに学校へ行ってますよ」
「やっぱり?」
魔王討伐のためにこの世界に来たのは、3人。
勇者の俺。
この世界では勇気と名乗っている。
隣の席にいるこの女の名前は、柊木。
そして先に登校している奴の名前は九楽賢人。生真面目な奴だ。
それぞれに役割がある。
柊木は回復役。
賢人は魔法攻撃役。
そして俺は国を背負って魔王にトドメを刺す役割だ。なにより、王家の血を引いている。
王家の血を引く俺は、魔王の魔力を感じる事が出来る。
俺だけが、この世界に転生した魔王を感じる事が出来るのだ。もうすぐ復活するであろう、魔王の魔力を・・・。
それが今年だ。この世界が暗黒に包まれる前に、とりあえずは高校生活を楽しむとするか。
◆出会いは唐突に
「あの角を曲がれば、もうすぐ高校ですよ!」
柊木はいつも献身的だ。
俺のガイド役に徹してくれている。敬語はやめてくれ、と改めて注意する。
「始まるのか、高校生活・・・」
いや、始まっているのだけれど。
・・・シャアアアアッ。
その時。けたたましい、車輪の音。猛スピードで進んでくる自転車。
「遅刻っ!ちこくぅー!」
あり得ない回転率でギアが回り、超速で進む自転車。スカートと胸が揺れている。ギャルがその暴れ馬のような自転車を乗りこなしている。
同じ高校の制服だ!
そして、食パンを咥えている!
食パンを咥えながら彼女はどうやって声を発したのか?
今はそんな事を心配している場合ではなかった。
「ユウキ!危ない!」と柊木の声が聞こえた時には既に遅く、俺の身体は吹き飛んだ。
「痛ぇ・・・」倒れる俺。振り向くと、横向きで回転したままの車輪。自転車が倒れていた。
「ごめんなさいぃ!」
M字開脚で倒れ込むギャル。
パ、パンツが見えている!
「ちょっと貴方!どこ見て自転車漕いでんのよ!?」保護者のようにギャルに怒る柊木。
「あら、ごめんねぇ!彼女さん?」とギャルが尋ねる。その言葉に柊木の顔が赤くなる。
「そんなんじゃないわよ!」と殴られる俺。えっ!なんで俺が殴られるんだ!?
「ごめんね!急いでるんだぁ!今日、入学式でしょぉ?」
ギャルは即座に自転車を立て直し、旋風を起こしながら消えた。アイツも1年生なのか・・・。
「もう!なんなのよあの女!」柊木は怒っている。
俺の頬は温かくなっていた。
柊木のパンチではない。あの女のパン・・・。
「何あっけに取られてるのよ!勇者様!」再び柊木のパンチ。痛ぇっ!
「あはは・・・」
どうして必死なのだこの女は。
何やら様子がおかしい。
「ま!まさか!?ユウキあなた・・・」
「だっ!断じて違う!」
「まだ何も言ってないわよ!」
そうだ。
そんなわけがない。
いやいやまさか。
この俺が魔王に恋をしている、だと?
[第1話 おわり]