表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

四季と蜜柑と空の色。

春と蜜柑

作者: 塩濆け幾等

長く居続けて重くなった空気を入れ替えるため、窓を開ける。


晴れだ。


その空は冬のどんよりとした薄灰色の雲の気配はなく、代わりに温もりを覚えさせる真っ白な雲とあたたかな光に満たされていた。


ああ、春が来たんだな。

なんて思いながら、しばらくぼうっと宙を見つめる。


(休憩にするか)


開いていた小型PCを閉じ、窓を開けっぱなしにしたまま部屋を出て、台所に向かう。


(小腹が空いたな、、)


とは言え、まだ時刻は昼の12時を周ったばかりだ。

昼食を取るにはまだ早すぎる。


無造作に積まれた段ボールの中を、何かないかと漁ってみると、奥の方に手ごたえがあった。


(あっ、これは、、)


蜜柑だ。

すっかり忘れていた。冬の間は台所のフチが特に寒いから、冷蔵庫の電気代の節約のためにここに置いておいたのだ。

せっかく残っていた3個のうち、2つは暑さのためか、ところどころ痛んで変色してしまっている。

仕方ないので、あとの2つはとりあえずおいておくことにして、テーブルの上に生き残った蜜柑を置いた。


皮を剥く。

ずいぶんと柔らかくなった。だが、その姿は冬の頃となんら変わりない橙色だ。

丁寧に白いバカを取って、かさついた手でひと房、もぎって口に運ぶ。


美味い。

熟成に熟成を重ねたからか、腐る寸前のような状態だからか分からないが、甘くて粒が鮮やかに弾ける。

自然と手が動き、気づけばもうほとんど食べていた。


でも。


もう3月だ。普通、もう蜜柑の季節はとうに終わっている。

春の日を浴びながら食べる蜜柑もまた違ったおいしさもあるのだが、まるで冬に摘ままれる蜜柑の落ちこぼれを食べているような感覚だとも少しだけ思った。


ああそうだ。

落ちこぼれと言えば自分だ。

なまけに怠けを重ね、こんな時期まで勉学に強いられることになってしまった。

もちろん、周りより成績がいいなど、有り得はしないと分かるだろう。


妙な気持ちになりながらも、食べながら、物思いにふける。


ああでも。

この蜜柑は、べつに落ちこぼれなどではないな。

なぜなら、こんな時期までこのおいしさを持ちこたえられたのだから、逆に冬に食われた同胞たちよりも称賛されるべき存在だな。


だったら自分は。

今、ここで、冬に無駄にした時間を取り戻すために、すこしでもやれるべきことをやるべきなのではないか。


自分は別に、蜜柑とは違う。

数々の修羅場をかいくぐったりしたわけでもなく、ただ時に身を委ねていただけなのだから。

だが逆に、蜜柑とは違い、ここで果てるわけではない。


人間には明日がある。だから、今この場のために全身全霊の力を注ぎこんだ蜜柑とは違い、自分はここからも全力を尽くすことができるのだ。

いや、むしろしない手はない。

競争心に駆られたのか焦燥感に駆られたのかはわからないが、とりあえずその気になっていく。

その気にしたのが蜜柑とは、なんとも妙な気がして堪らないが、恐らく気のせいだろう。


頬を張る。


(よし、やるか)


自室へと早足で向かい、椅子に座り、再び小型PCを立ち上げる。


そして、窓からは暖かな春風が、一陣に吹きこんだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 生き残った蜜柑と自分を対比させる様子、熟成しておいしくなった蜜柑に心を動かされる様に心があたたかくなりました。 タイトルもシンプルで好みです。 春なのに蜜柑。ポジティブで春らしい作品に癒され…
[一言]  果実。 「実る」「熟す」  結実するイメージが、いろいろと思い起こさせますね。  ひとは果実をうみつづける樹なのかも。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ