自責の念
ドアの方から気配を感じたので目線を向けると、少し開いたドアの隙間からゼントが覗いていた。
俺と目が合うと勢いよくドアを開けて部屋に入ってきた。
「大きな声が俺の部屋まで聞こえてたぞ! メイサちゃんか…… 可愛いじゃないの!」
ゼントは下品な笑いを浮かべながらガサツな口調で茶化してきた。
「なんだよ! こういう時はそっとしておくのが一番なんだよ。なのにオマエは……」
ガサツな口調のゼントに説教しかけると、ゼントが一枚の紙を俺の前に置いた。
その紙の上部には俺には読めない文字が記載され、真ん中には昨日俺が殺した人の顔と酷似した人相書がある。
「これは?」
ゼントは椅子に腰をかけながら俺の問いに答える。
「これは手配書だよ。昨日オマエが殺した相手だ」
手配書だという紙の下の方を見ると文字が書かれていたが俺には読めない。
「これはなんて書いてあるんだ?」
「なんだ? オマエ話せるのに字が読めないのか」
ゼントはそういうと俺の手元から手配書を取り、読み上げてくれた。
「強盗殺人。強姦。放火殺人。まぁいわゆるコイツが犯した罪だな」
読み終えるとまた俺に手配書を渡してきた。
「悪魔に取り憑かれたらここまで罪を犯すのか……」
俺が独り言のように呟く。
するとゼントが椅子から立ち上がり、また俺から手配書を取り上げる。
「いや、恐らくそれは違うな! ここ見ろ。この罪名の横。これは、この犯罪が行われた日だ。一番最初の強盗殺人なんて16年も前だぜ? さっきシスターたちに聞いてきたけど、悪魔は1人の人間にこんな長い期間取り憑かねえらしい」
ゼントは手配書の数字らしき文字を指差しながら俺に説明してきた。
「てことは…… 元々アイツは犯罪者で指名手配されてたってことか?」
「そういうことだ! これだけの罪を重ねて政府に捕まれば間違いなく即刻死刑だろうな。斬首刑か絞首刑か。ってことはだ、オマエは人を殺して自分を責めているがコイツは元々首を斬られるような罪を犯していた大罪人だ! ダイキが気に病むことなんてねえんだよ。わかるか?」
捕まれば斬首刑になっていた男の首を俺が捕まえて斬ったから、どのみち同じだという。
それも次の犠牲者が出る前に俺が殺したのだから表彰モノだと。
ゼントなりに俺を元気付けにきてくれたのだろう。
「そっか。ってことは殺されて当然だった奴だったんだな!」
「そうだ! だからダイキは正義だ!」
「そうだよな!? 俺って英雄だよな!?」
「おう! ダイキは英雄だ!」
多少の無理はしているがゼントが持ってきてくれた手配書のおかげで自責の念がかなり晴れた。
ゼントは俺が元気になったのを見ると、一言残して部屋を出ていった。
「今夜ダイキがメイサちゃんを抱いて、部屋からギシギシ聞こえても俺は邪魔しないから遠慮すんなよ」
結局アイツの頭にはそれしかないのか……
しばらくするとメイサが水の入ったコップを持ち戻ってきた。
「遅くなってごめんなさい。食堂の場所がわからなくて。どうぞ」
お礼を言いメイサから水を受け取り、メイサの顔を見ると目が泳ぎ、頬を少し赤らめている。
あれ?
これ、さっきのゼントの去り際の言葉をその辺で聞いてた感じ?
気まずすぎるパティーンやん。
ここは気にしないようにストレートに聞くか。
「あの、もしかしてだけど…… さっきこの部屋から出て行った男が言ってた話し聞いてた?」
メイサは少し赤かっただけの頬をトマトのように真っ赤にして、泳いでいた目は今にも魚群が出そうなほど泳ぎ散らかしていた。
あ、聞かれてたんすね。
気っまず。
「あーっと…… さっきの男は馬鹿だから気にしないでいいから!」
メイサはたしかに可愛い。
女性には欠かせない少し小さめの身長。
スレンダーだが出る所はきちんと仕事をされている。
しかも控えめな口調。
あれ?
俺のタイプのど真ん中やん。
「でも気にしないで! あの男が馬鹿なだけだから!」
興奮のあまり、後半だけ口に出してしまった言葉にメイサは首を傾げていた。
俺は話題を変えてその場を乗り切ることにした。
「そういえば、もう夜だけど家に帰らなくていいの? 家の人とか心配してない?」
メイサは変わらず頬を赤らめていたが、やっとこちらを向いて話し始めた。
「私、両親がいなくて孤児院出身なんです。それに、もうこの歳なので特に院からはうるさくは言われないから大丈夫ですよ…… このままここに泊まっても…… 誰にもなにも言われま…… せん……」
そうか、孤児院出身でご両親がいないのか……
って、え?
そんなことって言ったら失礼だけど、前半のそんなこと記憶に残ってない!
後半だけしか聞こえてなーーい!!
ふぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁl?
やる気っすか?
いいんすか?
顔色トマト越えて、ルージュを顔面にひいたんすか? ってレベルじゃないっすか!?
もう俺今立てないっすよ!?
いや、別の意味で立ってるからこそ立てないっすよ!?
ーーガチャ
暴走モード突入しているとドアが開きアリアが入ってきた。
「メイサさんお泊まりになられるんですか? それでしたらお部屋をご用意いたしますね。ウフフ……」
アリアは上品且つ意地の悪そうに笑いながら部屋を出ていった。
あのクソ女だけは殺してえ……
「あ、あの…… アリアさんが言われてたのはダイキさんとは別の部屋に泊まるっていう意味でしょうか?」
「あぁ…… 多分、いや絶対そういう意味だね。他の部屋用意するって言ってたし……」
メイサは悲しそうな顔をしていた。
もうそれすら可愛く感じてしまう。
拝啓、パパママ。
僕は変な世界で恋をしました。
はぁ…… 俺も悲しい……
◇◆◇◆◇◆
ーー翌朝
【1人だけが】寝るベッドで、【1人で】目が覚めた俺は【1人で】食堂へ向かった。
アリアの奴……
自分は毎晩のようにゼントとヨロシクやってるくせに。
見かけたら絶対文句言ってやる……
廊下を歩いていると正面からアリアが歩いてきた。
こいつだけは……
「元気になられましたか?」
目が合うとアリアはニコニコした顔で話しかけてきた。
俺は文句のひとつでも言ってやろうと思い口を開いた。
「元気だよ! あのな、昨日メイサとーー」
俺が文句を言おうとするとアリアに抱きしめられた。
「心配したんですよ…… 立ち直ってよかったです」
アリアは抱きしめられた俺の耳元で囁くように話した。
びっくりした俺は昨日の文句を言おうとしていたことすら忘れていた。
「まぁ…… ありがとう」
お礼を言うとアリアは俺から離れ、食堂の方へ歩いていった。
女の人からハグなんて初めてされた……
ただ、その瞬間ゼントの怒り狂った顔が頭に浮かんできた。
そのまま何もなかったかのように食堂へ向かった。
食堂に着くといつものように朝食が始まる。
いつもと違うのは俺の隣にメイサがいることだ。
「おはようございます。昨日はよく眠れましたか?」
隣からメイサが俺の顔を覗くように話しかけてきた。
可愛すぎるだろ。
もう朝からこの顔見れただけでシ・ア・ワ・セ
「めちゃくちゃ眠れた!」
俺が答えるとメイサはクスッと笑い、本当は一緒に寝たかったんですけどね。と、一言添えた。
僕もうガザフ公爵のとこなんて行かないでずっとここにいたい。
◇◆◇◆◇◆
今日は推薦状を使いガザフ卿の元へ向かう日だ。
朝食が終わるとアリアから推薦状を受け取った。
「ガザフ公爵の周辺の方にはくれぐれもお気を付けくださいね。ガザフ公爵自身も容赦なく人を切り捨てる方です」
アリアは俺の手を強く握りながら推薦状を手渡してきた。
メイサも心配そうな顔でこちらを見つめてきていた。
「ダイキさん、また戻ってきてくださいね。まだお礼もできてませんから……」
お礼と聞いた俺は少し前屈みになりながら握手をして再会を約束する。
アリアは横からムスッとした顔でその様子を見ていた。
どうやらメイサは悪魔の存在を身近に感じた被害者として、この教会に通うらしい。
孤児院のお世話もあるので住むわけにはいかないという。
そして、俺はみんなに見送られながら教会を出て、街から見える少し高台になっている城を目指す。