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悪魔祓いの本質


 相手は悪魔憑き(デーマー)であることがわかった以上はゼントの時と同じ手順を考えた。

 しかし自分の身体のどこを探しても手順の最初に必要なモノがなかった。

 

 やってしまった…

 鏡は教会の俺の部屋に置いたままだ……


 今日はただの買い物のつもりで出掛けてきたので、いらない荷物は置きっぱなしにしてきたのだった。

 悪魔憑き(デーマー)と対峙して、鏡がないこの状況で頭に浮かぶのは二つ目の手段である。

 【悪魔の取り憑いている人間ごと斬ってしまう】

 修練場で木剣で何人もを倒したが、今俺が手に持っているのは真剣。

 真剣で斬ればいくら相手が悪魔憑き(デーマー)とは言え、元は人間なので確実に死ぬ。

 言ってしまえば俺に残された手段は目の前の人間を殺すということしか残っていない。

 人間を斬り殺すという判断を迫られた途端、心臓の鼓動が早くなり剣を持つ手が震えて力が入らない。


 『ヴガァァァァァ!!』


 目の前の相手が短剣を振り回しながらこちらへ向かって飛びかかってきた。

 俺は修練場で覚えた対短剣の技での交戦を試みる。

 短剣はリーチが短い分、高度なスキルがあれば強い武器になるのだが、感情が剥き出しになっている悪魔には扱いきれない武器だ。

 無作為に短剣を振り回す悪魔憑き(デーマー)の手首を取り、そのまま相手の身体を地面に投げるように叩きつける。

 手首を捻ったところで相手の短剣を奪い、そのまま後ろに短剣を放り投げた。


 くそっ……

 武器は奪えたけどここからどうすれば……


 取り合えず間合いを取るため相手をさっきの要領で蹴り飛ばした。

 しかし何度同じことをしても繰り返し前にでて襲いかかってくる。

 後ろを見るとゼントがさっきの女の子の壁になるように立っているが先に逃すべきか、と考えていると瓦礫の中から勢いよく飛び出した悪魔憑き(デーマー)が狭い路地の壁を左右交互に蹴りながら俺を飛び越えてゼントと女性のいる方に向かって飛んでいった。


 「しまった!」


 俺が後ろを振り向いた時にはゼントと女性まで5メートル程の距離に近付いていた。

 2人の死が脳裏を過った瞬間、気付けば俺の目の前には首が落ちて、そのから噴水のように血が溢れるさっきの悪魔憑き(デーマー)がいた。

 考える前に咄嗟に悪魔憑き(デーマー)の元へ走った俺は、無我夢中に振った剣は悪魔憑き(デーマー)の首を切り落としていたのだ。

 目の前の無惨な光景と、自分が人を殺した事実に大量の返り血を浴びながら固まっていた。

 


 ◇◆◇◆◇◆



 俺が気が付いたのは教会のベッドの上。

 思い出しても最後にある記憶はおびただしいほどの血が噴出している光景だった。

 

 俺は人を殺したんだ……

 あの人にも家族や友人がいたかもしれないのに……


 俺はベッドの上で頭を抱えながら泣き崩れた。

 こっちの世界に来てからさっきまでは半分ゲーム感覚で愉しんでいた。

 しかし自分の手で人を殺さないといけない場面がこれからもあるかもしれないと思うと、心の底から今すぐ元の世界に帰りたいと思った。


 ーーガチャ


 「あら、起きてらっしゃったんですね。ご気分はいかがですか?」


 泣き崩れた顔でドアの方を見るとアリアがコップに入った水を持って立っていた。


 「あらあら、珍しいですね。そんなに泣いてしまって。どうされました?」


 アリアはいつもと同じような笑顔で近付いてきて俺に水を差し出した。 

 自分のしたことと、アリアのいつもと変わらないおっとりとした態度に苛立ちアリアが差し出してきた水を払いのけた。


 「いらねえよ! どうしたじゃねえよ! 俺は帰りたいんだよ! 人を殺さないといけないこんな世界なんていたくないんだよ! 早くハルカに連絡して帰らせてくれ! 早く!」


 水の入ったコップは壁に当たり粉々に割れていた。

 俺はそのまま大きな声を出してベッドに泣き崩れた。

 アリアが泣き崩れている俺の手を握り一言。


 「あなたは人を殺した。たしかにそうですが、悪魔を祓ったことでこの世界の人や元の世界の人も救っています。それも事実ですよ」


 俺を落ち着かせようと握ってくれているであろうアリアの手を振り払った。


 「そんなの知ったこっちゃねえよ! 知りもしない見た事もない人間を助けてるって言われた所で実感なんてねえんだよ! それより俺が目の前にいる人間を殺したってことの方が事実だろ! 早く帰らせろ! オマエに人を殺した人間の気持ちなんてわかんねんだよ!」


 そういうとアリアは笑顔で答える。


 「わかりますよ。私だって何人も殺してますから」


 その言葉に驚きアリアの顔を見上げる。

 なんでこんなことを笑顔で話せるのか俺には理解できなかった。


 「は……? なに言ってんの……? 俺を慰めるために嘘つくなよ」


 アリアは俺のベッドに腰を掛けて話し始める。


 「嘘ならいいんですけどね。ご存知の通りシスターの中にも悪魔憑き(デーマー)を判別できることができる人間がいます。そのうちの1人が私なんです。でも私たちにはダイキさんのような力もなければ鏡もないし武器もありません。では目の前で悪魔憑き(デーマー)に襲われている人がいたらどうすると思いますか? 見て見ぬふりをして逃げていると思いますか?」


 アリアの顔からはいつの間にか笑顔が消えて、見た事がないような真剣な顔になっていた。


 「目の前の悪魔憑き(デーマー)を殺すしかないんですよ。襲われている人を助ける手段がそれしかないんです。でも私たちが悪魔憑き(デーマー)を殺したところで悪魔自体は消えません。また違う宿主を探し始めるだけです。目の前の人をその時助けられるだけなんです。その一瞬のための殺人なんて悲しいですよ…… ダイキさんにしか扱えないその剣が私たちにもあればどれだけの人を助けられるか。どれだけ私たちの心が救われるか」


 たしかにそうだ。

 この人たちの中にも悪魔が見える人もいる。

 その人たちがどうしているのかなんて考えもしていなかった。

 だが、それでも俺が自分でしたことをどうしても正当化できなかった。

 

 ーーコンコン


 その時俺の部屋のドアがノックされた。

 

 「入ってもらってもいいですか?」


 誰が来ているかわかっているように、アリアが小さな声で俺に聞いてきた。

 俺が小さく頷くとアリアがドアを開けドアを叩いた人物を部屋に招き入れた。

 入ってきたのは10代後半〜20歳ぐらいの女性だが、顔を見ても俺は誰だかわからなかった。

 アリアがその女性の背中にそっと手を当て話すよう促した。


 「メイサと申します。昼間は命を助けて頂いて本当にありがとうございました。この感謝は言葉では表せません……」


 女性は小さな手を前で組み、俺に向かって深々と頭を下げた。

 声に聞き覚えはあった。

 アリアが昨日俺が気を失ったあとの説明をしてくれた。

 

 「この女性は昼間ダイキさんが悪魔憑き(デーマー)から助けた方です。あのあとダイキさんが倒れられたのでゼントさんと一緒にこの教会まで運んでくださいました。直接お礼が言いたいという事でここに居て頂きました」


 淡々と説明をするとアリアはメイサの方を向いて話しはじめた。

 

 「せっかくお礼を言いに来てくださったのに申し訳ございません。ダイキさんはメイサさんの命を助けたことを大変後悔されています。ですのでダイキさんへお礼を言うのではなく謝罪をしていただけますか?」


 「え、と……」


 アリアの言葉にメイサは下を向き言葉を失っていた。


 「おい! アリアさん、何言ってんだよ!」


 命を助けたことを後悔しているなんて、思ってもいないことを勝手に代弁された形になったので俺はアリアを怒鳴りつけた。

 怒鳴られたアリアは冷めた目で俺を真っ直ぐみてきた。


 「あら? ダイキさんは悪魔憑き(デーマー)を殺したことを後悔されてたんじゃなかったですか?」


 挑発的な口調で質問してきた。


 「そうだよ! でもそれと謝罪は関係ないだろ!」


 俺が感情的に大声で答えるとアリアは食い気味に話す。


 「いいえ。関係あります。あの状況でダイキさんがメイサさんを助けて差し上げる方法は悪魔憑き(デーマー)を殺す以外にありませんでした。しかし貴方あなたは起きてからずっと悪魔憑き(デーマー)を殺したことを後悔されています。殺さなくて済む方法はメイサさんを見殺しにするしかありません。なのでダイキさんが苦しんでるのはメイサさんが助けを呼んだのが原因です。黙って殺されていればダイキさんが苦しむ必要はなかった。違いますか? 私の言っていることは何か間違えていますか?」


 「そ、それは……」


 俺は返す言葉が見つからなかった。

 アリアが言ったことは頭では理解できている。

 しかし人間を殺した事実を受け止めることができなかった。


 「ダイキさんはメイサさんを助けて差し上げたかったのでしょう。ダイキさんにとっては予想外の展開になってしまい結果的に人を殺してしまいました。でも貴方の目的は達成しています。これから思いがけない状況もあります。想定外の状況に陥ることもあります。その度にそうやって落ち込むのですか? 現行世界では想定外のことは起きない仕組みになっているのですか? 人を殺してしまった自責は仕方ありません。でも、貴方のおかげで助けられた命があるということを忘れないでください」


 そう言うとアリアはドアを開け、部屋から出て行った。

 残されたメイサは下を向いたまま黙っていた。


 「あの…… みっともない姿見せてしまってすいません。助けたことを後悔しているとか思ってないんで。本当にメイサさんが無事で良かったと思ってます」


 俺の言葉を聞くとメイサは俺の方に目線を上げた。


 「はい! そんな事思うような方ではないと思っています! でも…… 私のせいでダイキさんが苦しんでいるのは事実で…… あの、私に出来ることがあれば何でも仰ってください!」


 なんでも……?

 若い女の子がベッドの上にいる男に対してそんなこと言ってもいいの……?

 しかもよく見たら結構可愛いし。


 さっきまでのシリアスな状況から一転して、あんな事やこんな事が頭をよぎる。

 しかし俺にも常識というものはある。

 

 「じゃぁ…… アリアさんが持ってきてくれた水を割ってしまったので水をもらっていいですか?」


 控えめな自分に拍手を送りたい。


 「わかりました! すぐに持ってきますね!」


 そう言うとメイサは笑顔になり、部屋を出て食堂の方に向かった。

 メイサを見送ると俺は、さっきまでの叫び疲れと泣き疲れがドッと押し寄せベッドに倒れ込んだ。

 

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