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正直、夜会は思っていた物とは大きく異なった。


もっと腹芸を使う場面が多い物だと、勘違いしていたらしい。


名門の子息、息女とはいえ、同世代の少年少女はそこまで名門の子供としての教育を受けていないという印象だった。数名落ち着いた雰囲気の人もいるが、それでも雰囲気だけで内面にあるはずの感情は透けて見える。ミトモが年若い男性従者に行っている教育がいかに厳しいものなのか再認識できるいい機会となった。


そんなことを考えている間も彩葉と、渚家と仲良くしてこいという指令を従順に果たそうとする紳士淑女が自分の周りを群がっている。正確には自分の背後にいる彩葉を、であるが。


「申し訳ございません、主人はこうした社交の場への参加が初めてなもので。皆さまの歓迎は渚に関わる者としても光栄ではありますが、今少し落ち着いていただけると幸いです」


下手に相手を刺激しないように、爽やかな笑みを浮かべる。正直、こういった悪意のない手合いの相手は苦手であるが、今回の夜会の参加者である前にやはり彩葉の従者としての自分がいる。彩葉が困惑している状況を放っておくことはできない。


しかし、まだまだ精神的にも成熟していない参加者もいることを意識できていなかった。普段相手にしている人間と数倍は歳が違うのだから仕方ないミスではあるが。


「さっきからお前は何なんだ!俺たちは渚の令嬢に話があるんだ!お前となんて誰も話したくないんだよ!」


あまりの衝撃に理解が追い付かなかった。突然激昂した参加者の男性、少年がこちらの胸倉を掴もうと両手を突き出してくる。流石に素人の動きだったので、その両手を掴んで清香の方を一瞥する。騒ぎが聞こえたのか申し訳なさそうにこちらを見ているのが分かった。隣にいる朔耶も心配そうにこちらを見ているのが分かる。


「申し訳ありませんが」


未だ緊張で僅かに震えた彩葉の声が聞こえてくる。少年の腕から力が抜けたのを感じてその両手を解放する。


「隠れるような真似をしていた私が言えたことではありませんが。他人に対して礼節を尽くせないような方とは話すつもりは一切ありません。ですから…」


「本日はお帰り下さい」


彩葉が何を言おうか少し迷った瞬間、清香が語気を強くして言い放った。言葉を向けられたのは彩葉にではなく、もちろん少年に。少年は拒否するような表情を一瞬見せたが、周囲の視線に感付き諦めて出ていった。こちらを睨んでいたようだが、特に気にしなかった。


「ありがとうございます。清香さん。おかげで助かりました」


従者として最大限の礼をする。渚としてもミトモとしても危ないところを助けてもらったのだ。できうる限りの感謝はしておきたい。


「いえ、私が彩葉さんに構わず談笑していたせいですわ。申し訳ありませんでした」


「でしたら、本日は彩葉様のお隣にいてはいただけませんか。礼を弁えぬ言葉ですので、無視していただいて構わないのですが」


「いえ、ぜひそうさせて下さい。元々今日は彩葉さんのことを皆さんに紹介しようと考えて呼んでいたのですから」


正直、助けてもらっている身としては非常に失礼な発言だったため不興を買っても仕方のないかとも考えたが、杞憂だったらしい。


「でしたら、私は離れておりますので。彩葉様、何かあればお声掛けください」


男性の従者は未だ数が多くない。特に自分ぐらいの年頃の従者はミトモにも十人と満たない。そんな稀有な存在がいればいらぬ緊張を与えてしまってもおかしくない。自分の場合、多少立場もあるのだから余計にだ。


少し離れた場所で喉を潤そうとすこし怯えた様子の若いメイドからグラスを受けとる。清香の仲介で他の参加者たちと挨拶を交わしている様子を眺めていると、清香の隣に誰もいないことに気付く。


「私に彩葉と一緒にいろと?」


「そんなことは言ってないでしょう。ごめんね、清香さんの隣を離れさせたみたいになって」


いつの間にか隣にいた朔耶と言葉を交わす。彩葉が顔出してからはほとんどずっと囲まれていたため、自然と朔耶とは離れていた。


「それは、別にいいわ。あなたは私の従者ではないし、私にも主人はいるから」


「そっか。朔耶ちゃん、学園はどう?」


少しだけ、朔耶の本心に迫ってみる。彼女には自分の存在がどう映っているのか。学園に対してどんな感情を持っているのかが知りたかった。


「別に。まあまあよ」


「まあまあって…。ちゃんと友達はいる?学園生活はつらくない?」


「いつから、あなたは私の母親になったのよ。…別に、何も問題ないわ。友達だっているし…ってそうだ、一つ聞きたいことがあるんだけど」


さっきまで清香を捉えていた目が急にこちらに向くのを感じる。少しだけ、彩葉への注意を逸らして朔耶に向き直る。


「どうかした?」


「佐倉翼って子、いるでしょう。あの子って、御供なの?」


「うん。ちゃんとミトモの名簿に名前がある子だよ。そういえば、学園にいるんだよね」


「いや、そうじゃなくって。あの子って、私たちと同じ御供の人間かって」


疑いの視線が向けられているのが分かる。まだ自分を疑っているわけではなさそうだが、佐倉翼の存在については幾ばくかの疑いを持っているらしい。


「あの子が受けている教育は本当に一般的な従者と同じかって聞いているの。私は運営側に関わったことはないから分からないけれど、私が受けた教育と一般的な従者が受ける教育が違うのは知っている。一般的な従者はあくまで振舞いや行動の指針を学ぶはず。だから、事務的にしか仕事をできない。教育を受けて間もない若い人間程その傾向があるはず。でも、私たちは考え方や自身の在り方から教わっている。だから、低年齢であるほど、従者としての能力は違いが出やすい。そうでしょ」


「うん、その通りだね。従者としての即戦力となるために実務を先に教えているはずだよ」


「だったら、どうしてあの子はあんなにもゆとりがあるの?彩葉の従者としての行動に意識を割く必要なんてないかのように行動できるの?」


「そんなこと言われても…。僕が彼女の教育を担当したわけじゃないから」


答えを得られなかったことに不満なのか、朔耶が溜息交じりに相槌を打った。

朔耶が自分の味方でいてくれることが約束されるような状態でない限り、彼女についての真実を明かすことはできない。それに、真実を知ってしまえば、朔耶にも迷惑が掛かる。御供の跡継ぎがいなくなることは避けないといけない。


「分かったわ。正直、私はあなたのことも疑っているけれど、あなたが悪い人間でないことは分かっているから。でも、私はあの子のことが少し恐ろしいのよ。だから、あなたのその嘘が私にとって害にならないことを祈っているわ」


それだけ言い残して清香のいない、別の会話の輪へと入っていった。


「まあ、流石に嘘だってバレるよね」


交渉事については得意な部類ではあるが、嘘を吐くのは苦手だ。どうしても顔に出てしまうらしい。


朔耶にどれだけの情報が渡ってしまったのかは不明であるが、佐倉翼について、朔耶は答とは違う方向で疑いを持っている。佐倉翼が御供の隠し子だとして、朔耶に何の害があるのかが分からない。御供を継ぐ資格は年長の者に優先して与えられる。そのため、自分がその資格を放棄したことを明かしていない現状、朔耶にも、佐倉翼にもその資格はない。そのため、朔耶にとっての害は御供の継承には関係ないと考えられる。では、何が朔耶にとっての害なのか。


「まあ多分、明日ぐらいに朔耶ちゃんから接触があるよね。その時にもう少し探ってみてもいいし。それに」


朔耶の望みを知っておく必要はない。単純な興味でしかない限り、それを知ろうとするのは不躾な行いだ。

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