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「彩葉の送迎には僕が付いていくことになる。君は一人で行くことになるけれど」


「はい。問題ありません」


「だろうね。君のことだから万に一つでも問題は起こさないだろうけど。今日の君は普段とは違ってお客様だからね。いつもみたく、使用人にはならないように気を付けてね」


「はい。ご忠告、感謝します」


今日は使用人としての仕事はないが、午下に寛和の呼び出しを受けていた。夜会の開始は午後五時からで二時間程度。今日の夜会が開かれる舞台は楪の家。学園からは近いと言えども、渚の家からは学園を挟んで反対方向。今から向かうにはまだ早すぎるし、かといってそう長い時間何かしていられる程の余裕もない。結局、僅かな緊張感を過大に感じて過ごすことになった。家でずっとそわそわしていたために、祖母から怒鳴られてしまったが。


「お待ちしておりました、御供翼様。使用人としての立場を持つ手前、緊張なさるかもしれませんが。どうぞお寛ぎいただければ、と仰せつかっております」


「お気遣い感謝します、とお伝え下さい」


楪のメイドに迎えられて挨拶を返す。少し丁寧すぎるが、メイドの言う通り使用人としての面もあるのだから使い分けすぎる必要はない。メイドに対して横柄な態度を取っても百害あって一利なしである。


メイドの隣にいたヴァレットに手荷物を預け、自由になった手で今一度ネクタイの位置を確かめる。普段はつけない蝶ネクタイなので、どうにも違和感があった。


まっすぐに進み、扉を開けてもらう。逆の立場を経験していることもあって、なんとも不思議な気分だ。扉の先には既に何人かの姿があった。まだ全員ではないようだが、歓談している様子が見受けられる。


ドリンクを受け取り、その集団へと歩みを向ける。清香が気付いていたようで、声を掛けてくれた。


「初めまして。御供翼さんですね。本日は私共の招待を受けていただきありがとうございます。私は楪清香と申します」


「本日はご招待ありがとうございます。御供翼と申します。本日は普段と立場が違うので、何かとご迷惑をおかけするかと思いますが」


「そんな心配は無用ですよ。本日お呼びした方の中には従者を本業にしている方もいますから。それに、本日の参加者では翼さんが最年長です。あまり気負わずにしていただければ」


歓談していた輪から少し離れて清香と言葉を交わす。参加者の名前は事前に確認できたが、名前は聞いたことがあっても、顔も年齢も知らなかった。その点、清香の方は主催側ということもあり、初対面の相手でも顔を知っていたのだろう。


「そうでしたか。私は初対面の方ばかりですから。よければ紹介していただいても?」


「ええ、もちろんです」


清香にお願いして、輪の中に入れてもらう。皆中等部にいるような年齢の子が多く、話しかける前とは別な意味で気を使ってしまった。


「ごめんなさい、清香。少し遅くなってしまったわ」


「あら、朔耶さん。まだ時間でもありませんから。遅くなったなんてことはないですよ」


会話だけ聞けば清香の方が従者かと思われるような会話だが、この場の誰もその姿に驚く様子はなかった。本来、その光景を見慣れていない筈だったが、周囲と同様に驚く様は見せなかった。というよりも見せられなかったと言うべきだ。


「久しぶり、奇麗になったね、朔耶ちゃん」


「あ…え、ええ。久しぶり、です。その、翼…さんも、すっかり大人びていて…」


体は小さくさせ、視線が自分を捉えることはないまま、常に動き続けている。分かりやすく緊張しているらしい朔耶を愛おしく思い、優しく声を掛ける。


「ふふっ。朔耶ちゃんも大人になったんだね。でも、言葉遣いなんて気にしなくて良いよ。呼びやすいように、話しやすいようにで大丈夫だから」


あからさまに緊張した朔耶を見て、すっかり自分の緊張はほぐれ切っていた。


「うふふ。朔耶さん。よければ翼さんとお二人でお話してきてはどうですか」


「え、ええ。そうさせてもらうわ。翼さんも、構いませんか」


緊張の所為か潤んだ瞳でこちらを見上げてくる。学園での彼女を知っている人からすれば、庇護欲を掻き立てるようなその仕草はもはや違和感に近かった。


「う、うん。良いよ。そうしようか」


見惚れていた自分に気付いて慌てて手を差し出す。恐る恐るその手を取ると、消え入るような声音でよろしくお願いします、と言った。


「うふふ。さて、私はもうしばらく皆様との会話を楽しみましょうか。もうじき彩葉さんもいらっしゃる頃でしょうし」


子の成長を見守るような暖かな視線を朔耶に向ける。普段はクールで恰好良い朔耶の新たな一面に少しだけ驚いた様子だったが、今の彼女にはそんな素振りは一切見られなかった。


「うん。この辺りでいいかな。朔耶ちゃん、少しお話しよっか」


「え、ええ」


他の参加者には会話を聞かれないような場所へと移動する。少し離れた場所に行っただけなので、自分たちの姿はあちらにも見えているだろうが、それぐらいの方がいらぬ誤解が避けられるというものだ。


「珍しいね。朔耶ちゃんがこんなに大人しいのも」


「う、うるさい…です。昔みたいにはできませんよ」


目上の人が苦手なのか、それとも以前に言っていた通り、やはりこの関係性が気恥ずかしいのか。会話がたどたどしい朔耶の両手を握る。


「本当、久しぶりだね。無理しなくていいから、好きな風に話してみてくれる?」


「え、ええ。分かった、わ。分かったから、この両手離してくれない?流石に恥ずかしいのだけど」


ようやく緊張も落ち着いたのか、佐倉翼の知っている朔耶が現れてきた。

言われた通り両手を離す。最後に少し強く握ってみると、朔耶の顔に少しだけ朱みが差したように見えた。


「それで、何か話したいことでもあるの?」


「せっかく久しぶりに会えた従妹なんだから。話したいことぐらいあるよ。朔耶ちゃんはそうでもない?」


「それ」


「え、どうかした?」


突然、朔耶が指を差してくる。それ、とは何を意図しているのか分からないが、恐らく発言についてだろうか。


「その、朔耶ちゃんっていうの、やめてくれない?こんな歳になってもその呼び方はちょっと…」


「あー、恥ずかしいってこと?」


「う、うるさい!」


恥ずかしいが故に蹴りを入れようとするのは乙女としてどうかと思うが、昔からそうだったので軽く避ける。朔耶の目は非難に染まっていた。


「全く…。私には変わったって言うけれど、翼は全然変わってないのね」


「えっ…。そ、そうかな?これでも渚家で一年以上働いているし、奥様、優梨様のお付きとして社交界にも顔を出してるよ?」


「そういうことじゃなくて、もっと人間的に…」


「仕事の時はもっとしっかりしているつもりだけど。確かに、朔耶ちゃんの前だといつもよりリラックスしてるかも」


実際、普段の仕事中よりも心に余裕があるように感じていた。今回の社交界への参加も御供家としての仕事の内ではあるが、そんな気負いはほとんどなかった。


「はあ…。まあ、いいわ。そういえば彩葉は?来ないの?」


ふと気が付いたように朔耶が会場を見渡す。朔耶に倣って会場を見渡してみると、確かに彩葉の姿だけがない。


「確かに、まだ来てないね。まあ、お爺様が付いているし、何かあれば連絡があると思うよ」


渚の所有する車であれば、安全のために従者や警察に通報する機能が数多く備わっている。連絡がこない以上、気を揉んでいても仕方のないことだ。


「全く、楽観的なんだから。そういえば、彩葉とは、どうなの?」


「昨日少しだけ話したよ。…ずっと挨拶もできていなかったし、丁度よかった」


「…そう。どうだった、初めての彩葉様は」


恐る恐る、朔耶がこちらの表情を心配しながら声を掛けてくれる。朔耶の分かりやすい優しさが心を温かく保ってくれる


「うん、素敵な人だと思ったよ」


上手く笑えただろうか。そんなことを考えながらゆっくりと言葉を返す。朔耶は期待外れというべきか、それとも期待していなかった通りというべきか、そんな反応だった。


「そ」


「そういう朔耶ちゃんは。彩葉様と仲良くしている?昔みた…」


「そんなわけないでしょ。分かりやすく喧嘩していないだけましよ」


答えが分かっていても、そう聞くしかなかった。自分も、朔耶も彩葉が好きなのだ。お互いにその感情の行き場がないだけで。朔耶と疎遠になっていても、自然と会話ができるのは、佐倉翼の存在ではない。


「そう、だよね」


「ええ」


「そろそろ戻ろうか」


「ええ」


こちらへ来た時と同じように、朔耶に手を差し伸べる。朔耶の手は熱く、震えていた。


「申し訳ありません。遅くなってしまいました」


朔耶を連れて輪の中に戻ってくると、丁度彩葉が姿を出した。瞬間、朔耶の手に力が入るのが分かる。その手を優しく包み直すと、少しだけ和らいだような気がした。


「うふふ。お待ちしておりましたわ。彩葉さん。少し到着が遅れていたようで心配しましたが、無事に来て下さってありがとうございます」


朔耶が一歩歩み出て軽くお辞儀をする。ようやく夜会が始まる。

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