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「え?」


いつの間に正体を見破られていたのか。シャツが背中に張り付いて気持ちが悪い。自分でも分りやすいほど焦っていた。少なくとも朔耶には今まで気づいた様子はなかった。もしも気が付いていたことを隠していたと考えても、そのメリットが分からない。考えられるメリットとしては御供の名前を傷つけないことぐらい。そして、朔耶がここまで遠回しな表現をするようには思えない。だとすれば、他に理由があると考えるのが一般的。ではあるが。


「え、っと朔耶ちゃん。それってどういう意味かな」


ただ、訳も分からずに聞き返すことしかできない。何かを考えるだけの心の余裕がなかった。


「あ、ごめんなさい。ちゃんと説明していないわね。あなたのような女の子らしい子に頼むようなことではないのだけど。実は、私、男性が苦手なの」


朔耶の声にはっとする。ようやく落ち着いて朔耶の話を聞ける状態になってきた。


「あ、そ、そういう…。そ、そっか。それだと大変だよね」


上擦った声のまま、なんとか会話を繋ぐ。電話越しであっても朔耶が怪訝な顔をしていることは分かる。

未だ薄れぬ緊張ととられたのか、再度窘められる。しかし、特に気にした様子はなく、話が続いて行く。


「だから、一時的で良いの。私の彼氏役をして、男性との触れ合い方を練習させてほしいの」


朔耶はこれまでの学校生活を全て女子校で過ごしていたらしい。そのため、男性との関わりがほとんどなく、いざ対面するとどういった振る舞いをすれば良いのか分からないらしい。


「う、うん。私にできることなら協力してあげたいけれど…」


朔耶にとっては残念なことに、異性とのそういった経験はない。そして、男性的な振る舞いを自然に行うこともできない。流石にそれは不自然が過ぎる。


「あなたなら共学に通っていたのだし、うちの従兄とも親交があるのだから頼りになると思ったのだけど…」


電話越しに朔耶が落胆しているのがわかる。確かに、朔耶の願いを聞き入れることは難しい。受け入れるメリットも理由もほとんどない。しかし、それ以上に御供の人間として、重要なこともある。


「うーん…。あんまり期待しないでね」


「本当に?」


今日の朔耶は感情がわかりやすい。電話越しであるからなのか、それとも単純に朔耶の気分が高まっているからなのか。いままで、朔耶はクールというか感情をあまり見せないタイプの従者のように思っていた。実際、清香から聞く朔耶も静かで口数の多いタイプではないらしい。記憶にある朔耶もそういったイメージが強い。


「ありがとう。助かるわ。それじゃあ、明日からお願いしても良い?もう一週間しかないからできるだけ準備したくって」


「うん、大丈夫だよ。でも、あまり期待しないでね。私も男性経験が豊かな方ではないから」


「ええ。そこは気にしなくても大丈夫。今度の夜会には私の従兄が来るらしいから、それにガードをお願いするつもりなの。だからあなたの経験で語ってくれれば問題ないわ」


それならまだやりようはある。基本的には朔耶からの質問に答えていけば十分かもしれない。


「それぐらいだったら何とかなるかも。明日、朔耶ちゃんのお部屋に行けば良いかな」


「ええ。それでお願いするわ。10時頃に来てもらってもいいかしら」


「うん。分かった」


と、ここでふと違和感を覚える。朔耶が驚いているような気がした。しばらくの沈黙に首を捻っていると、朔耶の方から答えを教えてくれる。


「なんというか…。意外だったわ」


「意外、って?」


「いえ、口では否定しつつも、やっぱりあなたたちは交際をしているのだと思っていたから」


その日は朔耶の誤解を解くために夜の時間は無くなった。


翌朝、朝食のためにやってきた彩葉に今日の予定を説明する。今日は特に予定を入れていないらしく、すんなり了解が取れた。


朝食を終えて朔耶の部屋へと向かう準備をする。準備といっても着替える以外には特に何も必要ない。昨日は彩葉の要望もあってワンピースを着たが、今日は朔耶から中性的な服装を希望された。

スキニーパンツとシャツだけのラフな格好で朔耶の部屋を目指す。片手には些細なお土産を持っている。


迎えられた部屋は以前にお邪魔した時と変わらぬ朔耶の部屋。

二度目ということもあって、前回程の緊張はない。全く緊張がないというわけでもないし、今回に関してはまた別の緊張もある。

多少は男性的な振る舞いも要求されるかもしれない。普段の自分に近付けつつ、正体がバレないようにというのは、中々難易度の高い注文だ。


「ようこそ、来てくれてありがとう」


朔耶に出迎えられて部屋へ入る。朔耶の服装は前よりも可愛らしいものだった。

話もそこそこに本題に入る。今日はただ話に来ただけではない。


「さてと、時間もないことだし、始めましょうか」


「うん。そうだね。でも、具体的にどういうことをしたらいいの?」


「そこは任せなさい。昨日のうちにちゃんと考えてきたから」


朔耶が少し前屈みになって愛らしくポーズをとって見せる。朔耶としては、既に夜会に向けての心の準備が整っているということかもしれないが、その蠱惑的な姿態から送られる秋波に思わず見蕩れて反応出来なかった。


「ちょ、ちょっと、何か言いなさいよ。わざと小聡明あざとくしただけなのに、なんか恥ずかしいじゃない」


「可愛くて、つい…。えっと、じゃあ、聞かせてもらっても良いかな」


「ええ。まずは、翼、あ、えっと、私の従兄について聞かせてくれる?どういう性格で、どういう雰囲気なのか。それを聞いてから改めて作戦を練りたいの」


返答に満足したのか、それともやはり恥ずかしかったのか、朔耶がいつもの調子に戻って説明を始める。しかし、その頬は未だ朱く染まっている。


「うん。といっても、私もそこまで仲良しってわけでもないから…」


「ええ、そこは大丈夫。同僚の女の子に対してどんな態度なのか分かれば十分よ」


「それなら…。じゃあ、長く会っていないってことだったし、まずは見た目からかな。背丈は私と変わらないぐらいかな。顔つきは中性的で全体的に可愛らしい印象だね」


「へえ、じゃあ、あなたに似ているのね」


朔耶の思わぬ言葉によって鼓動が僅かに加速する。そもそも同一人物なのだ、似ているように見られて不思議はない。何を言うべきか難しく、そして最後には朔耶にどちらの顔も見せることにはなる。嘘を吐くことはできない。そして、ただ事実を並べすぎても、聡い朔耶ならば関連付けてしまえるかもしれない。


「そ、そうかな。自分だと分からないけど…。だとしたら朔耶ちゃんも相手をしやすいかも?」


「そう簡単な話なら良かったんだけど」


クッションを抱きしめる朔耶の腕が僅かに強まる。強調された胸元に思わず目線が向いてしまったが、朔耶にそれを気にする様子はなかった。


「実は…。正直、どんな顔をして翼に会えばいいのか分からないの」


朔耶の思わぬ発言に目を丸くする。久しぶりの再会を楽しみにしているのは朔耶も同じだと思っていた。朔耶に対して今まで悪感情を抱いた記憶はない。幼少の頃は朔耶とも、彩葉とも関係性は良好だったはず。では、なぜ朔耶は気まずそうに俯いているのだろうか。しかし、この姿詮索してしまうのは朔耶にも悪い。ここは下手な好奇心を抱くべきではない。とはいえ、何と返答するべきか。


「くすっ。もう、気になるけど聞くべきじゃないって顔をしているわ」


「えっ、い、いや、そんなこと思ってないよ?」


「はいはい。別に聞いても大丈夫よ。まあ、面白い話ではないけれど。単にちょっと気恥ずかしいってだけ。昔は仲良かったけど長く会っていない異性の親戚ってこれぐらいの年齢だと少し恥ずかしいでしょう。それと一緒」


「え、と。そういうものなんだ…」


「はあ。なんか、あなたといると毒気を抜かれるわ」


驚きと呆れを体で表現する朔耶。その理由がよく分からないが、自分がずれていることは何となく理解できる。


「まあいいわ。あなたのそれは一つの美点だもの。大事になさい」


クッションを置いて朔耶が立ち上がる。


「さ、続きを始めましょう。今日の内に作戦の方針ぐらいは決めておきたいし。お互い主人を持つ身同士、そこまで時間に余裕はないでしょう」


「うん。そうだね。次は何をするの?」


「まだもう少し話を聞かせてもらおうかしら。待っていて、コーヒーを入れてくるから」

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