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彩葉に連れられて向かった先は近くのショッピングモール。数多くの店舗を抱えているが、その中でも雑貨類やアパレルショップが多い。有名なブランド以外にもセレクトショップもあり、誰でも自分に合った服装を選ぶことが出来る。それはもちろん、女装でも。
「さて、翼。今日の目的を改めて説明するわ」
モールの入口を背にして彩葉がこちらに向き直る。出発前に聞いた通り、本当に楽しみにしていたらしい。
「まあ、朝食の時に言っていたこともあるんだけど、それ以外の話ね。私たちって主従関係を結んでから日も浅いでしょう。私があなたのことをよく知らないのと一緒で、あなたもまだ私のことを知らないと思うの。ということで、今日はデートをしましょう」
「デ、デート、ですか」
予想外の発言に思考が停止する。
「そう。デート。この一週間でお互いある程度の為人は分かったと思うの。でも、まだそれだけ。お互いのことをもっと深く知っていた方が色々やりやすいと思うの」
「それで、デート、ということですか」
「うふふ。そんなに肩肘張る必要はないわ。別に、エスコートしろだなんて言わないから。単に、私と仲良くなりましょう。ってこと」
彩葉が笑顔と共にこちらに手を向ける。その手を取ることがベストな対応と分かって行動に移す。
「ふわぁっ」
手を取った瞬間、勢いよくその手を引かれる。あまりに突然だったこともあって、つい声が漏れ出た。
順調に女の子と化している気がして、既に心が疲れ始めていた。
「それじゃあ、行きましょう」
引かれた手をそのまま握りしめられる。彩葉に手を繋がれてデートが始まる。心の疲れは簡単に和らいだ。
デートといっても内容は二人でウインドウショッピングをするだけ。お互いの好きなファッションやアクセサリーについて話をしていた。付け焼刃ながら女の子のファッションに関する知識も着いてきたこともあって、何とか彩葉との会話が成立した。それでも会話中はずっと必死なことに変わりはない。より働きやすくするためにも、必要な知識はまだ多い。
一時間と少々、彩葉と共に店を回る。彩葉は服装に対するこだわりが強いのか弱いのか、基本的に自分の物差しで判断する。今日はブラウスにロングスカートを合わせただけのシンプルな装いだが、スラックスやワイドパンツも見ていたので服装の幅は広いらしい。入学にあたって必要な衣類は全て優梨と葵に見繕ってもらったものだが、三年間をそれらだけで過ごすには少し心許ない。少し傲慢かもしれないが、今日の様子を見ていると、彩葉ならば喜んで着いて来てくれそうな気がした。
「さて、少し遅くなったけれどお昼にしましょうか。翼は何か食べたいものはある?」
「そうですね、この時間であればどこにでも入れそうですが…」
周囲を見渡してフロアマップを探す。今日の目的地が事前に分かっていれば地図を頭に入れて来られただろうが、今回はそうはいかなかった。
彩葉も同様に周囲を見渡していたのか、ふと声が上がる。
「あら、あれは清香と…」
「清香さんのお母君ですね」
視線の先には清香とその母親、楪の奥方がいた。二人の視線に気が付いたのか、清香が早足でこちらに向かってくる。
「彩葉さん、翼さん、ごきげんよう。お二人でお買い物ですか」
「ごきげんよう、清香。ええ、今日はデートなの」
「うふふ、羨ましいです」
「あら、それはどっちを羨んでいるのかしら?」
彩葉と清香の会話が盛り上がっていることを確認してから、清香の母親の方へ向き直って深く礼をする。それに気が付いたらしく、頬に手を当てて笑んでいた。
視線を二人に戻して暫し歓談に混ざる。混ざると言っても、基本的には二人の会話を見守る形にはなるが、傍から見ればその違いまでは分からないだろう。
「こんにちは、あなたが翼さん?」
いつの間にか近付いてきていた清香の母親から声が掛かる。気配を感じられず答えに少し詰まってしまった。
「あ、はい。はじめまして。佐倉翼と申します」
「少し、お話できるかしら」
清香たちと共にファミレスに入る。清香の母親の要望で席は別のものとなった。
「さて、これでゆっくりと話せるわね」
食後、彩葉たちの話が盛り上がっていることを確認して、こちらへ向き直る。清香の母親、聖とは殆ど面識がないはずだが、聖には知られているらしい。話したいことについては覚えがないので、恐らくは清香か朔耶に関するものだろう。
「清香とは仲良くしてくれているようだけど、朔耶とはどう?あの子、誤解されやすいというか、人見知りというか…。影があるでしょう。昔は彩葉ちゃんともう一人幼馴染で従兄の男の子と仲良しだったんだけど、いつの間にか疎遠になってたみたいで」
聖が困ったような笑顔を浮かべる。わざわざ朔耶の話を出したのは従者同士であることを考慮したのだろうか。そこまでして自分に話し掛けてきた理由が分からない。基本的に従者はその職にあることが身元を保証する。加えて言うなら、渚など財閥の従者をしているとなれば信用度は桁違いになる。財閥に属する聖がそれを分かっていない筈がない。
「朔耶さんには良くしてもらっています。学園で同じく従者をしているのは朔耶さんだけですから。クラスは違いますけど、よくお話を聞いてくれています」
朔耶との一件以来、朔耶には何度か相談を持ち掛けている。今までは寛和の従者として業務は指示されてから行うことが多かった。しかし、主人が彩葉に変わってからは全く違う。仕事を与えられることはなく、専門性は格段に下がった。朔耶曰く、楽ができるならそれが一番、らしいが、それでは落ち着かない。最終的に、彩葉と相談しながら決めれば、とあしらわれた。
相談としては、なんとも投げやりな答えになったが、それでも朔耶は拒否することも、嫌な顔をすることもなかった。
「そう…。それなら良かった。学園生活はどう?私も優梨も遥希も葵も津葉木の卒業生なの。自分たちの子供も同じ学園に同じ学年で通うことになって皆で喜んでいたのよ」
「え…」
「だから、バレないように気を付けないとね。翼くん」
聖が立ち上がって耳元で囁く。
「えっ…」
「さて、二人とも。そろそろ行きましょうか」
気にした様子もなく彩葉と清香に声をかける。
聞きたいことは山程あるが、聖にまで届くように声を出すことは出来ない。ここで声を出せば二人にも聞こえることになる。
支払いを終えて店から出てきた聖に声を掛けに歩み寄る。彩葉と清香は未だ何か話しているらしい。
「あの、聖さん…」
「うふふ。大丈夫よ。あなたのことを知っているのは私たちだけ。もちろん、あなたの不利益に繋がるようなことはしないわ」
問いかける前に求めている返答が返ってくる。しかし、その言葉を鵜呑みにできるほどのお人よしではない。そんな怪訝な表情が伝わったのか、聖が僅かに破顔する。
「そんなに信用がないなら、今度朔耶に会ってみる?」
聖の発した言葉の意味が分からず、更に怪訝な表情が色濃くなる。その表情がおかしかったのか、聖の表情は柔らかいままだ。
「次の土曜日、うち主催の夜会があるの。元々は清香だけを出席させる予定だったのだけれど、朔耶も出席させるわ。あの子も御供の令嬢だもの、立場に問題はないわ」
「あの、それがどう関係するんですか」
「本来のあなたの姿で会ってみたら、色々とはっきりするでしょう。それに、清香も彩葉も、あなたのことをちゃんと知らないでしょう」
確かに、彩葉や清香は本当の姿を知らないはず。佐倉翼ではなく御供翼で会ってみれば、機会の有無はともかく会話に気を遣う必要は少ない。しかし、二人の翼の間にある関係に感付かれる可能性もある。
聖が味方だと仮定すれば、何かしらのサポートも期待できるかもしれない。聖の言うことが正しいか確かめることができ、佐倉翼に対する評価も聞けるかもしれない。自己評価とのギャップがあれば、それを正すことで佐倉翼という少女の存在は強くなる。今後のためにも、この提案には乗っておくべきかもしれない。
「分かりました。そのお誘い、お受けします」
食事を終えても清香たちと行動するのかと思っていたが、どうやらそうではないらしく。二人とはすぐに別れた。
「ね、翼。今度はあそこ、入らない?」
二人と別れてからまず立ち寄ったのは、まだ立ち寄っていなかった系統のファッションブランド。午前中はシックな印象のブランドに入ることが多かったが、今度はもう少し明るい印象の店舗。有名なブランドらしく、男性目線でもお洒落に見える。ただ、なんというか。
「すごく、可愛らしい服が多いですね…」
「当たり前でしょう。午前中はあなたの希望通り、落ち着いた雰囲気のお店にしたけれど、こういうのも似合うと思うのよねえ」
彩葉の視線が店の前にあるマネキンと自分の姿を行き来する。視線が恥ずかしくて体を隠すようにしてしまう。今も、身に着けているのはワンピースとカーディガンだけなので肌の露出は多い。しかし、目の前のマネキンを彩る衣装は脚が半分以上見えている。
「いや、流石に派手すぎるというか…。うぅ」
「さ、入りましょう。沢山試着しないと、ね」
彩葉に手を引かれて入店する。その店だけで30分以上。散々着せ替えをさせられ続けた。