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八十八夜の別れ霜、という言葉宜しく日差しが澄んだ空気を暖め始めた頃。突然現れたその少女に皆が目を奪われた。

私立津葉木学園

創立から150年になるこの由緒正しき女学園に新たな乙女・・が加わった。


彼女の名前は佐倉翼。柔和な目つきに肩まで伸びた亜麻色の髪。二つの編み込みでハーフアップにした髪が清楚かつガーリーな印象を与えている。彼女の目の前にいる少女たちと比べれば、幾分大人に見える。

彼女がゆっくりと口を開く。緊張しているのが見て取れた。


「はじめまして。佐倉翼と申します。本日からこの学び舎で皆様と生活をさせていただきます。よければ仲良くしてください」


少ないながら複数の少女の表情がごく僅かに揺れる。

大人びた面立ち、立ち居振舞いとは対照的に、幼さを感じさせる声音。性別や年齢の境界を曖昧にするような存在に誰もが心を奪われていた。

驚いた様子のない少女たちの顔には見覚えがある。学園内に入ったときに出会ったのだろう。見知った顔に少しだけ安堵しながら自分のいる場所を思う。

本来、自分がいてもいい場所ではない。ここが財閥や旧家などの高所得者の子女が多いからではない。

津葉木学園が女子学園だからである。


本名、御供翼。男性。

そんな彼の実家は総合人材派遣会社、ミトモ株式会社。この国にある4つ財閥を除けば国内有数の企業となる。


世界の情報化、知能化に伴い、社会情勢が急激に変化した。この国では4つの企業がその流れを掌握したことで、富の集中が発生。結果的にそれらの企業が他の多くの企業を買収、コントロールすることになった。

その規模は、一時的にそれら企業の影響力が国家を左右するまで大きくなっていた。

その対応として、国の対応は影響力の回復。具体的には民営化されていたライフラインを再び国営化。更には通信や不動産をも国営化することで半ば無理矢理に影響力を高めた。

この国の動きに対する国民からの印象は最悪。4つの企業が経済の発展と雇用の安定化をもたらしたこともあり、国が揺れる事態にまでなろうとしていた。

国はもちろんであるが、その状況を良しとしないのはそれら企業も同様であった。

企業が国に提案する形で、4つの企業は財閥という地位と国政のオブザーバーという役割が与えられた。


その後は4つの企業の代表であるみゆきくがゆずりはなぎさが民意を直接伝える存在となっている。

それら財閥を除いた場合の大企業の一つが、ミトモ。多くの財閥や企業、個人向けの人材派遣会社であり、その職務は様々。

家事など各種代行業務や家庭教師といった個人向けから、エンジニアやデザイナーなどの企業向けの人材派遣、更には料理人や執事、メイドといった財閥向けの長期間の派遣も行なっている。


自己紹介を終えた翼は、教師が指示した席に着席する。今日のために用意された空席は窓側から二列目の最後方。左を向けば、翼にとってはよく知った少女が快活な笑みを浮かべていた。

彩葉(いろは)

津葉木創立以来の才女の一人と呼ばれる彼女は財閥の一人娘。やや性格に癖があることを除けば、間違いなく学園の頂点にいるであろう存在だ。


「これからよろしくね、翼」


美少女の満面の笑みを受け、翼は少し狼狽すると同時に唇を噛み締める。


翼は周囲の目を盗んで、小さく溜息をこぼした。

覚悟の上での選択であったが、早速その選択を後悔していた。


◆◆◆


発端は未だ冬の寒さの残る4月の上旬、桜も疎らな頃だった。

祖父の手伝いとして渚の家で働いている翼は、毎朝家長である寛和の書斎を訪れる。翼の仕事は渚家のスケジュール管理が主であるため、毎朝彼の部屋に訪れる。

他の使用人の姿はなく、部屋には寛和と翼以外の姿はない。

使用人とは個人向けや財閥向けに派遣され、個人向けを家政婦または家政夫と呼ぶ。財閥向けはその職務ごとに名前が付けられている。

高等学校への進学が原則となった現代において、正当な理由なしに18歳未満の人間が就労することができない。もちろん翼も同様で、翼はミトモの従業員ではない。


「じゃあ、翼くん。今日もよろしくたのむよ」


朝の報告を終えると、寛和からいつもの言葉を告げられる。よろしくと言われても、今日一日の予定はほとんどない。寛和は書類仕事に忙殺されるだけであるし、それを手伝うことは翼にはできない。正規の従者でない翼にできる仕事の方が少なく、寛和の補佐は翼の祖父が行なっている。


「といっても、今日の仕事はほとんどなくて。何かあるとしたら、彩葉が帰ってくることぐらい、かな」


僅かに翼の目が見開く。寛和は気にした様子はなく、「君にとっては、彩葉の相手が一番大変な仕事かもしれないね」と笑顔で続ける。翼の今日の業務は彩葉の相手をすることになった。


翼と彩葉の仲は、思春期の異性同士らしくあまり近くない。


「かしこまりました。それでは、本日はこれで」


翼は一礼すると部屋を後にする。向かう先は津葉木学園。翼には彩葉を迎えに行く任もある。

もちろん翼は自動車免許を取得していない。ただ、自動二輪の免許は取得している。二人乗りについても問題はない。

義務教育が原則12年間になったことで、原則に漏れた場合の対応が必要になった。中学生卒業が15歳であるため、その後すぐ就労する場合に備えるという形である。

翼は高等学校へ進学せず、一年間を従者としての修行期間に充てていた。中学の卒業と同時に免許を取得、その後1年経過しているため二人乗りの制限はない。そういった理由もあり、彩葉の送迎役を担っている。


しかし、津葉木学園に行くにあたり、一つだけ注意することがある。

津葉木は男子禁制。送迎のためであっても、男性が入ることは許されない。


つまり、翼は男性であってはいけない。

幸運にも、翼は元々中性的な面立ちをしており、変声期がきていない。

そのため、必要なものはウィッグと少しばかりの化粧。

化粧についての心配はない。業務の関係で彩葉の母である優梨の供として社交の場に出向くことが多い。そこでの仕事はドレスの選定や化粧を施すことも含まれている。実際の着付けは控えている女性のメイドが行うが、表舞台に顔を出すのは翼一人である。


彩葉の送迎のために翼が女装をさせられている理由は、彩葉が翼の後ろを気に入っているからである。津葉木の学生寮が学園とは別の場所であれば、女装する必要もなかった。しかし、国内有数のお嬢様学校である津葉木学園の寮が学園の敷地内にないわけもなく。翼から要請がある度に女装する必要があった。


「あー。あー。…うん。これで大丈夫かな」


ウィッグを被り、化粧終えると、鏡で最終確認をする。翼の目の前に映っている人物を男性と思う人がいないと言える。声の確認も忘れずに行い、身支度を終えた。


「っと、そろそろ行かないと。うーん、これじゃあ時間、厳しいかも」


時間だけが添えられた彩葉からのメッセージを確認する。翼の住む家から学園までは30分程。時間は差し迫っていた。

彩葉用のヘルメットをしまい、ウィッグの上からヘルメットを被る。バイクに乗る際の服装は体のラインが出やすい。翼の胸では、シンデレラバストで通る可能性もあるが、それでも学園内では目立つ要素になり得る。そのため、スポーツブラに硬めのパッドをいくつか収めて女性らしさを目立たせていた。

翼の行為は渚というブランドを汚しかねないため、バレないための努力はいくらでもしている。その甲斐あって、最近では守衛の人にも覚えられはじめていた。


僅かな緊張を覚えながら津葉木学園の門をくぐる。入構の手続きにも慣れたもので、ヘルメット外して守衛に声を掛ければ済む。敷地内に入るとすぐにお客様用の駐車場があるため、そこにバイクを停める。駐車場から寮までの道程は歩いて行く必要がある。


「ここからが一番厄介なんだよね…」


溜息を吐いて気合いを入れなおす。ここからの翼は送迎担当のメイドである。


「あら、翼さん。ごきげんよう」


「は、はひ。ご、ごきげんよう」


お嬢様特有の挨拶にぎこちなく返す。赤みがかった栗色の髪の少女は彩葉の同級生と、翼は記憶している。

その後も、様々な学園生と挨拶を交わして寮までの道のりを進む。彩葉の送迎を任されてから学園に入ったのはこれで3度目。にも拘わらず、既に多くの学園生から認知されている。


「まったく。お嬢様たちの記憶力には驚かされるよ」


駐車場から寮までの約5分。7人の学園生から声をかけられた。津葉木はお嬢様学園の中では運動部が多い。休日であっても部活動に励む少女が多く、学園敷地内に人気ひとけは絶えない。


寮へ入ると寮監の先生に彩葉を呼び出してもらう。待っている間はラウンジでお茶をいただいていた。


「あら、あなた…」


階段を下りてきた少女と目が合う。今まで見かけたことのない子だった。

西洋人とのハーフだろうか。白く透き通る肌に淡く光る金色の髪と、濃い紫色の瞳が美しい。柔らかく微笑む目元は撫子の花弁を思わせた。


「わあ…。…っとと、初めまして。渚彩葉の…」


「まあ、あなたが翼さん?彩葉ちゃんから聞いているわ。私はえんじゅ瑞季みずきといいます。彩葉ちゃんを待っているんですか?でしたら、少しお話しませんか。あなたに少し興味があります」


瑞季が隣の椅子に腰を下ろす。


「へえ、翼さんは彩葉ちゃんと幼馴染なのね。だったら翼ちゃん、ね。翼ちゃんはこの学園には通っていないようだけれど、彩葉ちゃんと別だと不自由ないかしら」


柔和で大人しそうな面差しとは異なり、積極的に話しかけてくれる。

男性である翼にとって、長時間女性の相手をすのは歓迎できない。声はもちろん、少しの所作でも疑われかねない。


「い、いえ。私は、その、高等学校には通っていないので。お仕事の一環ですから」


「あら、そうなの。ごめんなさいね、嫌なことを聞いてしまったわ」


瑞季が申し訳なさそうに謝罪する。特に気に留めていなかったが、高等学校に通っていない子供の多くは家庭が裕福でない。そういう意味では、『嫌なこと』というのは正しい。言っている側が裕福な子女、それもミトモと並ぶ大手企業の才媛から言われればなおのことである。


「いえ、お気になさらず。ん、と。主人が参りましたので。私はこれで失礼します」


階段を踏みしめる足音を聞いて、翼が立ち上がる。本当に気にしていなかったが、いたたまれない気持ちになっていた。


「え、ええ。それでは、またお会いしましょう」


「だったら、翼も入ればいいじゃない」


声の主は階段から姿を現した彩葉。短く改造したスカートから長い脚が覗く。下着も見えそうになっているので非常に困る。


「まあ。それはいい考えだわ。確か、今年は特待生編入試験の枠が余っているはずですから。受けるだけならタダ。受かっても特待生ですから、タダですよ」


瑞季が先ほどとは違い、悪戯っ子のような笑みを浮かべる。大人びて見えていても未だ17歳の少女。コロコロと変わる表情に翼も釣られて笑顔になっていた。

初めまして。山田巳卯と申します。

まずは、第一話を読んでいただけたことに感謝申し上げます。

ここから続く第五話まで、プロローグが続いていきます。

タイトル回収が本当に行われるのかという議論を私の中でしておりますが、恐らく問題ないでしょう。

現状結末しか決まっていませんが、どれぐらいの量になるのやら

最後まで楽しんで頂けると幸いです。

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