無能のような有能少年と強気のような弱気少女
この昼休み、日に照らされて心地よい暖かさが中庭を包んでいた。
風に揺れてきらきらと光るショートカットの金髪を軽く押さえながら少女はそういえば、と言葉を紡ぐ。
少女のつり目のその鋭い眼光に、周りの昼休みを楽しむ生徒たちは近づくまいとあからさまに避けているのわかる。
彼女の横に座る少年はそんなことは気にならないようで、いつも通りのほほんと笑った。
おっ しいちゃんからボクに聞きたいことなんて珍しいなあ、どないしたん?
ほらいつもやったら頼み事いうたらボクからのが多いやん
あのしいちゃんに頼りにされるなんてなんか嬉しいわあ
変な言い方しないでくれる?
ただ普通に気になっただけだから、みんなの噂ってやつが一番あたしには入らないの知ってるてしょ
人気者のあんたと違ってあたしには友達なんていないから
はあー もしかして嫌味だった?
そんなわけないやん!
しいちゃんは自分のことを卑下しすぎやって――ほら、周りをよお見てみ?
しいちゃんとお友達なりたいなーって子が虎視眈々と機会を狙ってるかもしれんで?
あーでもそうやって友達100人できてボクのこと忘れられるんは嫌やなあ
……馬鹿なの?そんなのあるわけないじゃん、漫画読みすぎ
大体今はそんな話してないでしょ、そうやって毎回話長引かせるのやめてくんない
ていうかまあ 聞きたいことっていうか気になったこと、って感じなんだけど
昨日のあんたと副会長の勝負ん時注目になってた人ってなんなワケ?
だいぶ嫌われてんだなってことはわかったんだけど
あーあれ……正しくは嫌われてんの女の子の方だけなんやけどね
ちょっとなあ色々とあってなあ、今じゃあの子のこと知ってる人らはほとんど近づかんのやけど
ボクもまさか真如が一緒に出てくるとは思わんかったわ
話してるとこなんて全然見たことなかったんに――人気者は大変やなあ
人気者っていっても、あの人の場合誰にでもっていうより変な奴らから人気って感じなんでしょ?
あんたも全然思わなかったっていうわりにはそんな驚いてないじゃん
そんな嫌われ者に好かれててもあの人ならおかしくないって思ったんでしょ
ああ ちなみにあんたもその変な奴らの中に入ってんよ、当たり前
実際は普通の友達も多いみたいだけど――まああの人自身ちょっと変だし納得か
あっれ しいちゃんって真如と知り合いなん?
待ってボクそんなん聞いたことないんやけど……えっ どういうこと!?
ま――まさかしいちゃん――真如とこっそりお付き合いしとるとか、そういう……!?
う 嘘やん!ボクのしいちゃんが真如に取られたー!
わああうっさい黙れー!いっ いつからあたしがあんたのもんになったんだ!
あたしはあたしのモンでっ 他の誰のものでもないに決まってんじゃん!
ふざけたこと言わないでよ馬鹿!死んで!
痛ッ ちょ!やめ!痛い!
ちょっとした冗談やん!可愛いボクのおちゃめなジョークやんかあ!
なんでこんくらいのことでこんな殴るん!?そこは笑ってノるとこやん!
うう……そんな冷たい目で見やんとって……追い打ちやわ……
いくらでも傷ついたらいいわこの馬鹿
ていうか自分で可愛いとかホンット気持ち悪い
言ったでしょあの人普通に友達多いって!そらあたしだって少しは話耳に入るっての!
って言ってもあの人なんか違和感あるし、あたしはあんまり好きじゃないけどさ
そうやろか?違和感って自分はようわからんけどなあ
あー何の話してたっけ?――せやせや夙志ちゃんの話やね
あの子はなあ、まあ見た目もキレイやし頭もええし最初は結構人気やったんやって
それがちょっと性格に難があって……これはあかん奴やってなったらしいんよなあ
いや性格に難ありくらいで普通ここまでの嫌われ者にはならないでしょ
よっぽどのことじゃん
プライド高いとか?男の前だけ態度変わるとか?――まあそれくらいじゃ嫌われないか
それにあの人淡白そうに見えるしそういうのじゃなさそう
んん、男の前だけ態度変わるっていうのは惜しいいうかなんていうか……
そう!隣の芝生は青いっていうんかな、彼女持ちの男ばっかり手を出すんよ
しかも相手が彼女と別れたらその男もポイってな
男も自分が浮気しといて捨てられたいうんも恥ずかしいし、彼女も浮気されたいうんはプライドあるから言いにくいやん
だからしばらくはみんな知らんかったんやけどな
まあそんなんが沢山増えてきたら仲間内でお前も!?お前も!?ってなるやん
あーそれで実はあの女が寝取り趣味のやべえ奴だって発覚したわけね
よくこんな狭いコミュニティでそんなことしようと思ったよね、学外の人にすればいいのに
それは嫌われるってか根本的に関わり合いたくないわ
てかあんた嫌に詳しいけど当事者の一人じゃないわよね
つか当事者なら引く、そして蹴り殺す
ちょ ちゃうて!しいちゃんの蹴りはほんま痛いから勘弁……
ほらボク去年の途中に転校してきたし、クラスも違ったから全然知らんかったんよ
合同授業で見かけたときにめっちゃ美人おるやんって友達に言うてたらまあ全力で止められて
いうてきっとボクが告白したところで彼女持ちやないから振られてたやろけど
あー……ソウデスカ
いっそひっどい振られ方でもして絶望の底に落ちればよかったのに――チッ 人の気も知らないで
まあでもいい勉強になったんじゃん?
人は見かけによらない――当たり前と言えば当たり前のことなんだけど、偏見ってやつよね
まあ今回は偏見っていっても良い方に偏見持たれてるから普通と逆なわけだけどさ
もーしいちゃんってばほんま辛辣やねんから
でもその忌憚ないとこがええとこでもあるんやけど……誤解されることも多いから心配やわ
まあそんな辛辣さもボクのこと大好きやから出る言葉やもんな?
嫌よ嫌よも好きのうち言うてー!
なんちゃって、と分かり易くふざけたように言うと彼女の顔がリンゴのように真っ赤に染まった。
こういう見ていて飽きないころころと変わる表情も、日々日々柔らかくなっていく自分への態度も、結構気に入っている。
本人は気付かれてないと思っている自分への感情も、勿論バレバレだ。
まあいつか自分から言えばいいだろう――だって今はこの関係が一番楽しいのだから。
少年は雰囲気に似合わぬ悟ったような、そしてどこかとごったようなその感情に蓋をしてまた笑った。
若菜志と翠雨静の会話
「あの日の話」