平常のような異常少年と弱気のような強気少年
はあ――と大袈裟すぎるほどに大きなため息を吐いた少年は、僕の顔を見てまた同じように大きなため息を吐いた。
そんな彼の詰まらなさそうな顔に僕は苦笑いしつつ口を開く。
軽快な音楽とたくさんの人の楽しそうな声がするこの空間に、彼のため息はとても似つかわしくない。
そんなにため息吐くくらいなら僕なんか連れてこんなとこに来なけりゃ良かっただろ
僕じゃなくても――ほらあれ、彼女さんとか
北沢さん、あの人こういうの好きそうだったじゃん
スマホケースとかここのキャラクターだったし……あの人と来ればもっと楽しめただろ?
あー香織な、あいつとはとっくに別れてるっつーの
お前情報が遅いんだよ、今は深澤女子の子と付き合ってんの
つかマジで、ホントはここも美琴ちゃんと来るはずだったのによお
あいつ急に部活の用事が入ったとかでドタキャンでさあ――マジでやってらんねー
それでも僕じゃなくて他に男でも女でも友達いるじゃん、ほら誠來とか極野さんとかさ
誠來がこういうの好きかは知らないけど付き合ってるとかの誤解は確実に避けれるし
極野さんは……苦手かもしれないねこういうの
じゃなくて――チケ余ったからって男二人でわざわざテーマパーク来なくても、友達とみんなで行きゃいいじゃん
おうおうなんだァ 折角誘ってやったのにその言い草は
オレだってこんなとこに男二人で来たくねーよむさ苦しい
けどお前落ち込んでたじゃん、気晴らしに誘ってやったんだよ
気遣いされているとは思えない横柄な態度なにそれ
でも当たり前だろ、あの人と一緒にいるところを見られるなんて最悪だよ
あれと仲が良いなんて思われたら絶対に皆からの印象が地に落ちる……!
休み明けどんな顔して学校行きゃいいのか未だにわからないよ
そうそう、そうやって落ち込んでたからわざわざ気晴らしに誘ってやったんだろ
そうじゃなかったらオレだって他の女子とか誘って来たっての
感謝してもいいぜ、このアンドロイド野郎
そうしてわざわざ誘ってくれたんなら僕の顔見てため息吐かないでよ
はいはいありがとうございます、誘ってくれて嬉しいですー
ていうかまだその呼び方して……いい加減やめろよ
いやあだってお前の笑顔とかなんか胡散臭い感じするだろ?
感情自体が作られたモン――みたいなさあ、まあオレの主観だけど
まあキャラ作りはオレもだから人のことは言えんけどな!はっはっは!
いやいやひたきと一緒にされても困るんだけど、僕はいつも素の感情で生きてるよ
ていうかひたきこそ家族と僕と極野さん以外の前じゃ別人じゃん
学年一の人気者で可愛めキャラでやってるくせに実際はこれだもんな――詐欺だ詐欺
それよりたまにひたきのことで僕のとこに女子が来るの本当に困るんだけど
別に気にしなきゃいいじゃん、イケメンでモテる従兄がいて良かったなあ
……なに、え、ああ何ですかおねえさん
このアトラクションの場所?いいですよお、案内しましょうか?
おねえさん二人で来てるんだね、ボク達も二人なんだよかったら一緒に……痛ッ!
――チッ あ、着きましたよ!じゃあおねえさん、また会えたら一緒に遊ぼうね!
何を早速ナンパしようとしてるんだよ彼女いるんだろお前
普通に友達の女子誘うより質悪いぞ――ああ、なんか頭痛くなってきた
もう普通になんか乗ろうよ、ほらあのジェットコースターとか楽しそうじゃん
もしくはあっちにホラーハウスあったからそれとか
お前ホントいい性格してんな、オレが嫌いなのばっかり言いやがって
――え?普段?そりゃあ皆こういう絶叫系とかお化け屋敷系はやりたがる奴多いし盛り上がんじゃん
そんなときにみんなのムードメーカーなオレが行けないなんて言うわけないだろ
だがしかしお前は別だ、場を作ってやる義理がない
仮にも誘った側なんだからもう少し接待しなよ
ていうかそういう時乗れるなら今も乗れるでしょ、乗りたくないだけで
まあいいや、じゃあ他何なら乗れるの?
んーこれは?シューティングライドだからそんなに激しい動きしないし……ああ、確かにすごく並んでる
じゃあこっちはダークライドだからこれもいけるでしょ
それは可愛すぎるだろ、男二人でこれは流石に痛いわ
あーどこもかしこも並んでんなあ、空いてるのなんてそうそう……お、メリーゴーランドなら空いてるぜ
つかここ絶叫系の数異常じゃん、馬鹿なの?
気付くの遅いよ、ここの売りは絶叫系アトラクションなんだから当たり前
どうせ彼女さんの好みだからあんまり知らずに来たんだろ
まあ僕と一緒でよかったよね、彼女さんと来たら全部乗ってただろうし
お前と一緒で良かったっていうと別に良くないよな
だって嫌がらせ兼ねてお前絶対乗る気だろ、オレにはわかる
なんなの?イジメ?オレのこと嫌いなの?
まあ別にお前に嫌われようが痛くも痒くもないけどなァ
じゃあ本当に帰ってやろうか
――嘘、嘘だよ、だから腕を掴むのは止めてくれ
ひたき見た目より力強いんだから……無言で腕をもぎ取ろうとするのやめてよね
ていうか何どさくさに紛れてメリーゴーランドに並んでんだ
子ども達に混ざってメリーゴーランドに並ぶ男子高校生というのは周りから見ればなかなかに滑稽だっただろう。
とはいえ僕らは特に気にすることもなく他愛のない話を続けていく。
そうこうしているうちにあまり長くもない待ち列はすぐに終わり、僕は奥の白馬に、そしてひたきは手前の黒い馬の背に乗った。
軽快な音楽とともに馬がゆっくりと動き始める。
そういえばメリーゴーランドってなんでこんな感じになったんだろうな
名前の由来もよくわかんねえし……見た目だけだとおとぎ話に出てくるような姫と王子が乗りそうなモンだけどさ
メリークリスマスと一緒でなんか楽しもうぜ的な意味だとは思って
正確にはメリーゴーラウンドだね、merry go round――「楽しく回ろうよ」か
そんな意味だけど起源はそんなに楽しくないよ、元は戦争の訓練用器具なんだから
そんなものを遊具にするなんて業が深いよね
そういうこというなら絶叫系とかホラー系とかそういうののが頭おかしいだろ
なんで好き好んで恐怖体験するのかオレには未だにわかんねえわ
まあ周りが行くなら行くけど、毎度自虐趣味かよって思うね
それを言うならひたきだって大概の自虐趣味でしょ
普段の自分の生活顧みてみなよ、痛みも何もかも全部受け入れて生きてるように見えるけど
それでよく他人のこと言えるよね
うるせえなあ、オレのそれは気に入ってやってんだからいいんだよ
こんなキャラに騙されてちやほやしてくる奴らを見るのが愉快なんだよなあ
だからこれは自虐趣味というより快楽主義だろ
それはそれで嫌だよ
好きでやってるのならいいけど別に素でいたって嫌われるタイプじゃあないと思うけどなあ
相変わらず物好きだね
だーかーら!お前にゃ言われたかねえっつってんだろ
お前こそそのキャラやめろよな、気持ち悪ィんだよ
何回言や気が済むんだ
だからこれは僕の素だよ、と何度目かわからない言葉を吐く。
そしていつものように困ったようにため息を吐くと、ひたきは意地悪そうな顔でにやりと笑った。
周りを包んでいた軽快な音楽がぷつりと途切れ、楽しそうな声のアナウンスが流れる。
僕達は馬から降りるとまた次の場所を探して歩き出した。
真如理と譲来ひたきの会話
「メリーゴーラウンド」