平常のような異常少年と無能のような有能少年
普段賑やかなところほど静寂になるととても不気味だ。
その典型的な場所のひとつで怖い話の定番と言えば学校だろう。
あんなに普段人が絶えず沈黙を知らないようなあの空間も、夜になると風の音さえも耳に響く。
虚無で静寂な空間はどこまでも続いてそこには果てすらないような感覚になる。
纏わりつくひんやりとした風をふるうように上着を掛けなおして家に向かって歩き出した。
あれえ真如こんな時間にどないしたん?
ほんま悪い子やなあ――冗談やって、でもはよ帰って寝やんと明日起きられへんで
もし遅刻なんてしたら学級委員の誠來ちゃんから愛の鉄拳が……いや愛なら欲しいかもしれん
そこで悩むなよ気持ち悪いな
ていうかその言葉そのままそっくりお返しするけど、お前こそ何やってんだよこんな時間に
僕は憂さ晴らしに散歩してただけだよ
最近良いことなくてさ、辛辣な言葉で刺されるわ文句言われるわ振り回されるわ――これはいつもか
真如もなんか色々あんねんなあ
でも気晴らしが散歩やなんてなんかおじいちゃんみたいやな!
普通は友達と遊ぶとか好きなもん食うとかゲームするとかそんなんちゃうん?
ていうか真如の好きなことってなんなん?
おじいちゃんで悪かったな
好きなことって言われても特には思いつかないかも――あえて言うなら人間観察ですけどそんなこと言えませんしね
ああ いや何も言ってないよ、何かあったか悩んでただけ
楽しいことでもあったらいいんだけど毎日変わり映えしないしな
楽しいこと……ああせや ならちょうどええのあるんやけど!
もしまだ外出てられるんやったら今から一緒に行かへん?
ボクこれから学校行こう思てんねん、夜の学校なんて楽しそうやろ!
一応確認しときたいんだけど、何しに行くつもり?
不法侵入器物損壊犯罪三昧する気なら巻き込まれたくないからさようならですね
じゃあ僕は帰るから明日からも学校に来ることを祈ってるよ、じゃ!
ちょ待って待ってええから最後まで聞いて!
楽しいことあってん、それをしにわざわざここまで来てんねんから!
どこの学校でも話題くらいあるやろ?――そう、七不思議やよ
そんなきょとんとせんでもええやん、うちにもあんの知らんかった?
友達から聞いてんけど結構有名や言うてたからてっきり知ってると思てたわ
いやいや有名とか嘘じゃない?
現に僕が全然知らないんだから普通に局地的ブームだろそれ
七不思議なあ、まあ確かに面白そうだけどさ
まあいいか、どうせ暇だしたまにはそういうのも悪くないだろ
いやったー!なら善は急げやな!
いやあ助かったわ流石に一人は怖くてな、いきなりやけど誰か誘うかって悩んでてん
真如がおってくれて助かったわ天からの遣いやでほんま!
まあ あながち間違ってはいないんじゃないそれ
それにしても七不思議を巡るのはいいとして校内に入るルートとかってちゃんと確保してるの?
普通はこの時間施錠されてるから入れないけど大丈夫か
ははは、褒め称えてくれてええんやで!
ちゃあんと確保してあります、ボクのわりには用意周到やろ
前に同じようなことして校内侵入を果たした先輩から知恵を借りといたんよ
いやあ頼りになる先輩やわ!
ろくでもねえ先輩もいたもんだ……待てよ、いやまさかな知り合いじゃないそんなわけない
ちなみに聞くけどその先輩って――譲来とか言わないよな?
いや!言わなくていい聞きたくない!知り合いだと思われたくない!
あーボクが聞いた先輩はちゃう人やけど発案者はその人やって言うてたで
なんや知り合いなんやな、真如って真面目そうな顔して変な知り合い多いんおもろいなあ
まあ真如自体真面目そうな顔ってだけでキャラはなんか変やもんしゃあないな
類友ってやつや
そういうのやめろ僕は真面目な普通の人間だ、ああとんだ巻き込まれ事故だよ
やだやだやってらんない知りたくないことまで知ってしまった
もうこの話は止めよう――で、七不思議のまずどれを検証しに行くんだ?
まあ元気出してこ、今からは楽しい肝試しの始まりや
まずどれっていうか実際は行く予定なんひとつだけなんよね
色々あるんよ?七不思議いうても人それぞれ言うことちゃうしな?
やから典型的なやつはぜーんぶ飛ばしてガチっぽいやつだけ行こう思って――それがあそこ!
あそこって3年3組の教室じゃん、そんな変わったことあったっけ
ていうか七不思議検証じゃないのかよこれじゃ一不思議じゃねえか
普通はオチが詰まんなそうなやつから行って最後にガチな大取りいくもんだろ
やってそんな時間かけてるうちに見つかっても嫌やしどうせならおもろそうなとこ行きたいもん
それに何よりボク明日の弁当の下準備も終わってないしな……昼飯なくなってまう……
楽しそうなとこだけ行けたらそれでええんよー!
せめてやることは終わらせてから来いよ……何に追われてここ来てんだ……
それでどこから入るの?――え、教室の窓は駄目だろドア閉まってたら意味ないじゃん
なんかうちの学校って教室中からも簡単に鍵開けられないようになってるよね
過去に何があったんって疑ってまうよなこの構造
まあでも今回は予備があるから大丈夫、それがこちら!
てってれートイレの窓!……開いた開いた、真如もはよ入り!見つかんで!
はいはい、やっぱり中も寒いなさっさと終わらせて帰ろうぜ
本当に何か出てきたとき厄介だしな
あと今思い出したけど僕宿題忘れてたから帰ってやらなきゃだわ
じゃないとこのまま明日在場の世話にならなきゃいけないくなる……これ以上借りを作るわけには……
待ってそれ何の宿題?そんなんあった?
明日提出のやつ……あっ数学や!やっばそれボクもやってないあかんまた誠來ちゃんに怒られる!
これはサクッと行かなあかんくなったな――と着いたで!
ここの窓際一番後ろの席に座ってた子が夜学校で自殺したらしくてな、夜そこに座ると幽霊に取り憑かれるんやって
この席がねえ、ていうかそんな話この学校にあったけ?
聞いたことないから結構前の話なにかな――っていきなり座るのかよ
情緒の欠片もねえ……な……っておい、大丈夫かなんだその震え
おい、……おい!悪い冗談はやめろよ、なあ!
何の恐れもなく件の席に座った若菜が突然小刻みに震えだす。
ぶるぶるとがたがたとぐるぐると、そう――それはまるで何かが取り憑いたかのように。
それはきっと短い時間のことだったのだろうが僕にとっては永遠と同義だった。
震えの止まった若菜の目がゆっくりと開く。
どろんと生気の抜けた瞳が僕を映して、そしてまたゆっくりと閉じられる。
次に目が開いたとき――そこにあったのはいつもの底抜けに明るい若菜の顔だった。
やあ……もうちょいで意識持ってかれるとこやったわあ……
どしたん真如、そんな幽霊でも見たような顔して――って見たんやんなあ!
いやほんま驚かしてごめんな、ボクなんていうの?憑依体質?みたいなんやって
じゃあ幽霊が見えたりとか……いや憑依って言うからにはイタコみたいな感じ?
ていうかそんなのでこんな遊びしてて本当に大丈夫なのかよ
さっきも意識持ってかれそうになったんだろ、面白半分でこういうのやらない方がいいんじゃないか
困るのは自分だけじゃないんだぞ――何より変なものを召喚されては僕が困りますしね
え?ああ そうイタコ、言い得て妙やなそれに近い感じやろ
でもボク自身幽霊自体は全然見えへんから行ってみるまで本物の心霊スポットかわからんねんけどな
大丈夫、平気やよ心配かけてごめんな
けど意外と強いらしくてそうそう意識持ってかれることはないから安心してや!
本当に大丈夫ならそれでいいけど今後はほどほどにしとけよ
お前に何かあったら親父さんもみんなも心配するんだからな
……そういえば中の奴まだいるのか?どうするんだそれ?
このままってわけにはいかないし、家に連れ帰ることだってできないだろ
え?連れて帰るで?――ああ言うてなかったっけ、うちの家な寺やねん
それでうちの親父が除霊みたいなんしてるらしくて、なんかインチキ商法みたいやろ
けどそれがな案外ちゃんと出来てるらしくて連れ帰っても親父が毎回なんとかしてくれんねん
ていってもその後しこたま怒られんねんけどな!
そりゃ当たり前だろ、いくら本人が大丈夫ったって周りはあれ見たら心配するんだよ
親父さんが優秀で本当に助かったな
まあそうと分かればさっさと帰ろうぜ、それも早くはずしてもらわないとな
んーせやな、真如にいつまでも心配かけたままにしとくんは気い悪いしな
しゃあないこうなったら帰ろか、弁当も宿題も色々やらなあかんことも残ってるしな!
……あ 真如、そこ気い付けやセンサー的なんついとるか……らあああああって!
うっ、わあああ警報音!そういうことは触る前に言えよバカ!
おいおい足音するぞ早く走れ、お前何へばってんだよ!
限界だあ?ふざけんな全力で走れえええ!
キャラ変わってんで、なんて言う息も絶え絶えな若菜の台詞は無視しつつ彼を片手に引きずるようグラウンドを駆け抜ける。
静かだったはずの学校に僕達ふたりの騒ぎ声が響き、夜闇は静寂をどこかに捨てざるを得なくなっていた。
侵入者が誰だか特定されないことを祈りつつ若菜の家を目指して歩を進める。
喧噪はだんだんと遠くなりまたしばらくすると学校は元の静寂を取り戻した。
真如理と若菜志による会話
「七不思議検証同盟」
有能と無能の定義には語弊があります
ここでは有能(勉強ができる)、無能(生活能力がある)ですので注意