第肆話 お使い
前回のあらすじ
マヤは『百魔夜行』の原因を知ってる
シェリル様の依頼を断った一週間後。
あたしとミオは、いつもお世話になっているこの菊花の街の領主の下を訪れていた。
「お店の調子はどうですか?」
「まあ……ぼちぼちですよ」
領主の質問に、あたしはそう答える。
このやり取りもいつものことだった。
この街の領主であるマユリ・スメラギさんは、あたしの従姉妹に当たる人だった。
あたしが冒険者をやっていた時から交流があり、今はあたし達の店の後見人も務めてくれていた。
そんな彼女だけど、額から大きな二本の角が生えている通り、彼女の種族は妖族だった。
そもそも、スメラギ家のニンゲンはそのほとんどが妖族という家系だった。
あたしも妖族ではあるけど、見た目は人間族とそんなに変わらない。
魔族特有の能力である魔獣化をすれば、ちゃんと見た目は変わるんだけどね……。
閑話休題。
隣でもきゅもきゅと大福を頬張っているミオの顔を横目に見つつ、あたしは今日呼び出された理由を尋ねる。
「それで……今日あたしを呼び出したのはどういった用件で?」
「ちょっとお使いを頼もうと思ってね。楓の街にいる私の友人にコレを届けて欲しいのよ」
マユリさんはそう言うと、風呂敷に包まれた小包をあたしの方に差し出してきた。
マユリさんのことだからヤバいブツじゃないことだけは確かだけど、一応中身の確認をする。
「念のため聞きますけど……中身は何ですか?」
「友人が欲しがってた外国の文献よ。彼女、歴史学者なものだから、古い文献や外国の文献に目がないのよ」
「分かりました。預からせていただきますね」
風呂敷を受け取り、自分の魔法袋の中へと仕舞う。
「それじゃああたし達はこれで。……ほら、ミオ。行くわよ」
「もぐもぐ……うん、わふぁった」
まだ口の中に大福を含みつつ、ミオは返事をする。
それを見て、マユリさんは優しい眼差しをミオに向ける。
マユリさんにはあたし達の事情を伝えているから、あたしとミオが本当の姉妹じゃないことも当然知っていた。
「ミオちゃん。残りの大福は持って帰ってもいいわよ。今包む物を持ってくるわね」
マユリさんはそう言って立ち上がると、台所のある方へと姿を消した。
マユリさんはミオにとても甘々だった。
まあ……あたしも彼女のことを言えた義理じゃないけどね―――。
◇◇◇◇◇
楓の街までは、馬車に乗れば途中の宿場町をいくつか経由して、三日ほどで辿り着ける内陸部にある街だった。
だからマユリさんがお届け物を預り、旅支度をした翌日に出発したんだけど……。
ここで、ミオの体質が露になった―――。
◇◇◇◇◇
「ううう……」
ガタゴトと揺れる馬車の車内で、ミオは真っ青な顔をしていた。
何を隠そう、ミオは乗り物酔いする体質だった。
馬車に限らず、ミオは船に乗っても、更には馬に乗っても乗り物酔いをする。
だから馬車に乗る前から、こうなることは分かっていた。
あたしは冒険者時代に何度か馬車や他の乗り物に乗った経験はあるけど、酔うなんてことは全くなかった。
それに、こういう時の対処法も、もう分かっている。
「ほら、ミオ。リンゴだよ」
「うん……」
ミオは青い顔のままリンゴを受け取り、小さく噛り付く。
マユリさんが前に言っていたけど、酔った時には水分と糖分が必要らしい。
本当かどうかは分からないけど、ミオの症状が和らぐこともまた確かだった。
それとたぶん、リンゴの酸味が吐き気も抑えてくれているのだろう。
だから乗り物に乗る用事がある時は、リンゴを常備していた。
ただ……嵩張るんだよなぁ……。
乗り物酔いに効く薬とかあれば、持ち運びがとても楽になるんだけど……。
悲しいかな、そんな夢のような薬はなかった。
ミオの看病をしつつ、あたし達は目的地へと向かっていた―――。
◇◇◇◇◇
草木も眠る丑三つ時。
明かりがほぼ途絶え、月明かりだけが照らす楓の街を、一組の男女が腕を組んで歩いていた。
二人の共通の友人の祝言に出席し、今はその帰りだった。
「すっかり遅くなってしまったな」
「そうですね。早く家に帰りましょう」
二人は歩く速度を速め、帰路を急ぐ。
顔を覗かせていた月が雲に隠れ、ほんの少しの間辺りに暗闇が訪れる
その刹那―――。
「あっ……?」
「えっ……?」
暗闇を彩るかのように、二人の胸元から真っ赤な血飛沫が飛び散る。
更に追い打ちを掛けるかのように、二人の喉元も掻き切られ、真っ赤な飛沫を上げる。
ドサドサッと連続で地面に倒れ伏し、身体を折り重ねて息絶える。
その惨劇を目の当たりにしなかった月が、ようやく雲の隙間から顔を覗かせる。
月明かりが、その惨劇を引き起こしたモノを照らす。
そのモノの手には血染めの刀が握られており、額からは大きな二本の角が生えていた―――。
物騒な終わりですが、果たして犯人の正体とその目的とは……?
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