第弐拾伍話 騙し討ち
前回のあらすじ
脱獄犯にアラハバキが接触した
アラハバキの根城は、草木の生い茂る山の中腹にあった。
山肌をくり貫くように形成された洞窟をある程度整え、回りの草木によって入口も簡単には見つからないようになっていた。
「ここが私達の根城だ。快適とは言えないが、必要最低限なモノは揃っている」
「それじゃあ」
「お邪魔します」
ニコとニナはそう言い、アラハバキの後に続いて洞窟の中へと足を踏み入れる。
トウコがアラハバキの少し後ろを歩き、トウヤはニコとニナの退路を塞ぐように二人の後ろを歩いていた。
洞窟内はいくつかのランタンが設置されており、完全な暗闇となることはなかった。
しばらく歩いていくと、開けた空間へと躍り出た。
「ここが一応居間、という事になるのかね? 大したもてなしは出来ないが……何、茶くらいは出そう。トウコ、頼む」
「畏まりました」
トウコは一礼し、洞窟の更に奥へと姿を消した。
ニコとニナはアラハバキに勧められるまま、近くにあった椅子へと腰掛ける。
それからしばらくして、人数分のお茶を淹れたトウコが戻ってきた。
湯呑みをそれぞれに渡して行き、アラハバキが最初に口を付ける。
それを見て、毒の類は盛られていないと判断したニコとニナの二人も、お茶に口を付ける。
独特な風味が口の中に広がるが、飲めないほどではなかった。
「それで……あたし達をこんな所まで連れてきた本当の目的は、いったい何なんですか?」
お茶を半分まで飲み干した所で、ニナが口を開く。
「何も。強いて言えば、私の実験の協力者が欲しかった所だ」
「実験の、協力者……?」
「ああ。別の言い方をすれば――実験体、だな」
アラハバキがそう口にした瞬間、ニコとニナは湯呑みを投げ捨てて立ち上がる。
しかし――グラリと視界が歪み、手足からも力が抜けて前のめりに地面へと崩れ落ちる。
「な……にを盛ったの……!」
「何、エルフ族にのみ有効な毒を盛ったに過ぎない」
「そんな毒、聞いた事ない……」
「そうだろう。私が調合したのだから。……ああ、安心すると言い。身体が痺れるだけの、軽い毒だからな」
「ふ……ざけるな!」
ニコは痺れる手足に気合いで力を入れて起き上がろうとするが、トウヤが彼女の身体を上から押さえ付けた。
そのせいで、最後の抵抗も失敗に終わった。
ニナの方も、万が一を見越してトウコが押さえ付けていた。
「ぐっ……!」
「いやはや……これで必要な素体が二つも手に入った」
「わたし達の身体を使って、いったい何をするつもりなの!?」
「……少しだけ私の事情も明かそう。困った事に、私が造った人造人間の製造番号、二十五番と二十七番の自我が目覚めないのだ。だから手頃なニンゲンに、二十五番と二十七番の能力の全てを移植しようとしていた所だ。そんな時に、君達と出会った。奇しくも、名前もニコとニナで丁度良かったからな。喜べ、ニコ、ニナ。ヒトの身でありながら、ヒトならざるチカラを手に入れられる事を」
アラハバキは大仰に両腕を広げる。
そこが、ニコとニナと言うニンゲンの記憶の最後だった―――。
◇◇◇◇◇
培養液に満たされた透明な筒の中に入れられたニコとニナの身体には、すぐさまアラハバキが造り出した人造人間の能力が移植された。
そしてアラハバキも驚く事に、二人とその能力の適合率が元となった個体よりも高かった。
これはアラハバキにとって、嬉しい誤算だった。
能力の定着には時間が掛かり、二人の身体はまだ培養液に浸かっていた。
二人の入る筒を我が子を愛でるように撫でながら、アラハバキはポツリと呟く。
「……これで三十ある内の欠番だった二十五番と二十七番の枠は埋まった。後は……『剣魔』の下にいる三十番の奪取と、私の下から逃走した最強にして最凶の一番を発見する事、か……」
アラハバキは筒から手を離し、どこか困ったような表情を浮かべる。
「ミオの所在は分かるから後回しでもいいとして……ヤツは私の目的を知ったようだからな。素直に表舞台に出てくるかどうか……」
◇◇◇◇◇
「ふう……」
肺に溜まっていた空気を吐き出したソレは、今しがた倒したばかりのワイバーンの群れの中の一体の亡骸の上に腰掛ける。
三十以上の亡骸が転がっているにも関わらず、ソレの身体には傷の一つも付いていなかった。
ソレは白く長い髪を風に靡かせ、赤い瞳は何処か憂いを帯びている、誰の目から見ても美形のニンゲンだった。
普通のニンゲンと異なるのは、額には二本の大きな角、頭からは獣耳が生え、背中にはコウモリのような翼を携え、尾てい骨の辺りから竜の尾が伸びている点だろうか。
ソレの名はアイン。
アラハバキが試作体をベースに本格製造した、アラハバキ製の一番目の人造人間だった―――。
一番目って大体ハイスペックになる傾向(偏見)。
評価、ブックマークをしていただけると嬉しいです。